ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 68

ノラ・ジョーンズ

もし私たち全員が自由であるなら、どうして自分らしくいられないのだろう。

2017/10/26

Illustrated by KIWABI - Geethali Norah Jones Shankar

持ち前のリラックスした調子の声を穏やかなメロディに乗せ、聞き手に美しい情景を想像させつつ、ところどころに暗い物語を潜ませる。それがノラ・ジョーンズの曲の作り方だと、米国の音楽雑誌「Rolling Stone」の創始者ヤン・ウェナーは語ります。

小さい頃に父親が家を出ていってしまい、抜けた心の穴を埋めるために音楽を拠り所として育ったことが、穏やかで美しい曲にある種の影を生み出しているのかもしれません。

デビューアルバムである「Come Away With Me」は全世界で2500万枚の売り上げを達成し、発売翌年のグラミー賞では、23歳という若さながら最優秀アルバム賞を含む8部門を受賞したノラは、セカンドアルバムでも1000万枚以上のセールスを記録し、世界に認められる歌姫となりました。

スターダムを駆け上り、誰もが認める歌姫に

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しかし、センセーショナルなデビューとは裏腹に、ノラはあまりの忙しさと周囲からの期待や中傷の声に嫌気がさし、また商業的にも成功するために行わなければならなかったプロモーション活動などへのストレスが大きくなって、本来好きで始めた音楽活動そのものを楽しめなくなってしまった時期があったといいます。

「君は素晴らしいってたくさんの人たちが言ってくれたけど、私をけなす人の言葉ばかり聞こえていたわ。」

デビューアルバムがミリオンセールスを超えたあたりで、事務所の社長に「もうこの馬鹿騒ぎをやめにしない?」と訴えかけるほど、シャイであったノラは注目されること、記者やインタビュアーからの質問に受け答えすることがたまらなく苦手でした。

華々しい成功の影には、彼女にしかわからない苦悩が待っていた

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30歳を超えた今では、彼女自身によるプロモーション活動は最小限に抑えられていて、曲を作る際にも商業的な成功や締め切り等に悩まされることのない、自分自身が音楽をやりたいと思える状況を意識的に作り上げているのだそうです。

活動の規模もどんどん小規模なものへと変えていっており、デビュー当初は野心家であった一面もありましたが、人気絶頂時の苦難を経験した後では、人気の落ち着いてきたこの頃がとても居心地が良いのだといいます。

「音楽は好き、でもアリーナで演奏する必要はないと感じている。そういうのはもういいの、私らしくないって思ったの。」

金銭的成功よりも自分らしくあることの方が大事

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谷川俊太郎は、翻訳家、絵本作家、脚本家としても多才な活躍をし、代表作である「生きる」はmixiやSNSを通じ現代の若い世代の関心をも集めた、日本を代表する詩人の一人ですが、自身の創作活動を一時期中止していた経験を持ちます。

自由に自分の感じた世界を書ける、悪く言えば自分の感じたこと次第でどのようにでも書けてしまえるのが詩で、その世界を引きずったまま日常生活を送ると、周囲の人との認識の差異で問題を起こしてしまうのだそうです。(1)

この世界にfitしない自分に苦しんだ

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例えば、詩の中では誰が見ても真っ白な花を、自分の心象が暗かったらそれを投影して黒い花に見えると書くことが可能ですし、翌日に感じ方が変わったからと、その花を実は白い花だったんだと書くこともできます。しかし、実生活においてそのようなことをするとトラブルが起きてしまうでしょう。

この職業病とも言えるような、何が問題なのかそう簡単には指摘できない状態を、谷川は自分の未熟さのためと自責し、詩を書いていることで自身の考え方が一般的に受け入れられないようになってしまうならば、詩から遠ざかった方が良いのではないかと、創作活動をある期間休止していました。

結局は、お金が必要だからと創作を再開した谷川ですが、その詩を書き続けるのか悩んだ時期は、今の自分にとって救いとなっていると振り返り、当時の責任感とは裏腹に、現在は肩の力を抜いて創作活動を続けることができるようになったそうです。

フーッと息を吐きながらリラックスして創作活動を楽しむ

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「自己紹介」という詩を、年を重ねるごとに書いてきた谷川ですが、文体や自分自身の捉え方など年代ごとに微細な変化を感じると言います。

例えば、気取った表現を好み、自分を卑下することなどできなかった若い頃と比べ、還暦を超えた今は、自身を「背の低い禿頭の老人」だと言い表すような、直接的で日常的な表現を選べるようになったのだそうです。

昔の日記を開くと、別人だった頃の自分を思い出せるはず

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年齢によって変わるのは詩による自己表現に限らず、華々しいデビュー当時から、ジャズシンガーと呼ぶには異色の歌手としてポップスやカントリーの要素を多分に入れた曲作りをしてきたノラですが、30歳迎えてから、彼女の曲作りにも変化が訪れたように思われます。

ノラは2016年秋、ジャズバーで歌っていた10代の頃を思い出すような、ジャズ色の強いニューアルバム「デイ・ブレイクス」を発売しました。

周囲の人間は「原点回帰の作品だ。ノラ・ジョーンズは色々試した結果、元に戻ってきたのだ」という評価を下しました。しかし、ノラはこの意見に反対しています。

「違う。まっすぐに進んでいる。私は前よりも良いアーティストだし、このアルバムは20歳の時には作れなかった。」
2人の子の母にもなり、パートナーとの間の愛以上に多くの種類の愛がこの世には存在していると気づかされたというノラは、音楽的な変化はあまりないと答えつつも、聴き方の変わった曲もあると認め、日々の経験が彼女の音楽をより豊かなものへと変えていることを感じています。

子供と過ごす時間は少しずつ母親の人格を変化させていく

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結婚や出産、転職などの大きな転換点ではもちろんのこと、年を重ねるごとに何かしらの影響を受け、人格は少しずつ変わっていくものです。

何か作品などの形あるものを作り続ける人は、過去の作品を振り返ることで、今の自分と過去の自分を比較することは容易かもしれません。

しかし、変化は日常の些細なことの中にも起こるはずで、ふと昔を振り返ったりしながら、変化した習慣や服装など、ちょっとした自分の変化に気付き、意識や考えがどのように変わったのか考えることは、自分らしく生きていく上でとても大切なことなのではないでしょうか。

参考書籍
1. 谷川俊太郎「詩を書くということ」(2014、株式会社PHP研究所)p70-84