ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 96

ミヒャエル・エンデ

ぼくたちが新しく価値を発見しなければならない。

2018/10/18

Illustrated by KIWABI - Luise Bartholomä Ende

32歳の時にドイツ児童文学賞を受賞したミヒャエル・エンデ。代表作「モモ」をはじめとするその物語は、世界中の子供たちだけではなく、大人たちにも読まれています。

1929年、アメリカで世界恐慌が起きた年にドイツで生まれたエンデが生きて来た時代は戦争が起き、世界経済が不安定で混沌とする中、人々が今まで持っていた人生への価値観が新しい価値観へと変わっていく時代でした。

そして、この時代に生まれ育ったドイツ国民の多くは、生活の一部のようにエンデの作品を読んでいたようです。

同じ時代を過ごしてきた一人である第7代連邦大統領のローマン ・ヘルツォークも、「現在のドイツ人でエンデの本とともに成長した記憶をもたない人はいません 」と述べていました。(1)

↑ドイツ人は皆、エンデの本とともに成長した(リンク

時間泥棒から自分の時間をとりもどす童話「モモ」のように、資本主義社会に染まっていき、お金と時間に支配される世の中への問題提起のようなエンデの作品には強いメッセージが込められており、物語を最初から最後まで一貫した意思のようなものを持ってつくられているように見えます。

ところが実際はどうかというと、エンデにとって物語とは、どのように展開し、どうやって完結させるのかを、書いてみなければ分からないものなのだそうです。

エンデは、物語を書くことは冒険するのと同じようなもので、冒険を通じて自分自身や社会に対しての色々な気づきを得ているのだと言いました。そうして執筆作業を終えた時、エンデ自身、書き始める前とは違う人間になっているとして、次のように述べています。(2)

「本当の冒険は、そんな力が自分のなかにあるとはそれまでまるで知らなかった、そのような力を投入しなければならない状況へ人を運んでゆくものです。」

「書きながら、わたしはわたし自身についてなにかを体験する、そのなにかは、それがわたしのなかにあることも、わたしがそれをできることも、それまでまったく知らなかったことです。考えるだけでは、それはわからないことなのです。」

↑「書きながら、わたしはわたし自身について、全く知らないなにかを体験する」(リンク

物語をつくるという冒険を通して世の中に対する新しい見方を次々と発見してきたエンデ。

人々を苦しめている難しい問題を解決するためには、自分の価値観をいう“色眼鏡”を外し、今まで固執していた価値観をがらりと変えることが必要だとして、次のように述べています。(3)

「社会的な問題は、単独であつかうことができない。その問題は、ぼくたちが人間というものをどう考えているか、に左右される。ということはつまり価値が問題になる。」

「ぼくたちが新しく価値を発見しなければならない。発見といっても、以前の価値のままのことだってあるかもしれない。けれどもぼくたちが新しく発見したんだから、もうそれだけでそれは新しい価値なんだ。」

↑「ぼくたちが新しく発見した価値観であれば、たとえ以前と同じでも、それだけでそれは新しい価値なんだ。」(リンク

自分や自分の家族が大事にしてきた価値観をも捨てなければならない、そしてまた、何か別の価値観を発見できるはずだと信じて進んでも結局は同じ価値観にたどり着くこともある…、エンデはそういう失望とも言える過程を通って物語をつくっていたのかもしれません。

「苦い顔をして受け入れるのではなく、明るい顔で挫折を受け入れること、それが芸術家にとって一番大事なことでしょう。なぜなら、芸術とはほとんど挫折だけでできあがっているのですから。」

これは、挫折をしてこそ良い作品を生みだすことができるということを発見したエンデの言葉です。(4)

エンデのように、自分自身と向き合って行う作品作りは苦しいもので、新しい価値観を発見するということは苦しいことでもあります。しかし、こうした苦労を通じて発見した価値観でなければ多くの気づきは得られないのではないでしょうか。

↑芸術とはほとんど挫折だけでできあがっている(リンク

このようにエンデは作品を作りながら世の中に対しての新しい価値観や考えに気がつき、それについて物語を通して表現してきました。しかし、全ての読者がエンデの本を読んでいく中でエンデと同じことに気づくかというとそうではありません。

同じ内容の本であっても、本の内容の解釈の仕方は人それぞれで、人によってはあたかも別の作品のように感じられるものです。

作者が一方的に作品を世の中に出すだけでは作品は完成せず、読者の手に渡り、その読者の感性でもって作品を受け取ることで初めてその作品は完成するという意味で、エンデは、「一冊の本は作者と読者の関係のなかで完成する」と述べています。(5)

エンデが作者と読者の関係性を意識した作品を作り始めたきっかけは、若い時にイタリアのシチリア島を旅行中に道端で“カンターストーリエ”と呼ばれる、物語を伝える語り部に出会ったことでした。

このときに、代々受け継がれてきた物語が伝え続けられていく姿をみたエンデは、読者が読者なりに解釈をして修飾しながら、果てしないほど多くの続編を生み出して語り継がれるような物語を描こうと決心したのだそうです。(6)

↑永遠に語り継がれる、果てしない物語を始めよう(リンク

後世に語り継がれるような物語を作りたいと決めたエンデが作り上げてきた作品の中には、「モモ」のようにすでに約35以上の言語に翻訳されて出版されているものもあります。

エンデが自分と向き合い、苦しみながら生み出した作品を今では世界中の読者が読んでいます。そして彼らもまた、読みながら自分の現実世界と照らし合わせることで葛藤し、自分の中にある新しい価値観に気がつき、物語に出会う前とは違った人生を歩み始めるのです。

参考書籍)
1. 河邑 厚徳「エンデの遺言 ―根源からお金を問うこと」(講談社, 2011)kindle 660
2. ミヒャエル・エンデ 「ものがたりの余白 エンデが最後に話したこと」(岩波書店, 2009) p25
3. ミヒャエル・エンデ 「オリーブの森で語りあう―ファンタジー・文化・政治」(岩波書店, 1984) p5,132
4. ミヒャエル・エンデ 「ものがたりの余白 エンデが最後に話したこと」(岩波書店, 2009) p45
5. 河邑 厚徳「エンデの遺言 ―根源からお金を問うこと」(講談社, 2011)kindle 660
6. ミヒャエル・エンデ 「ものがたりの余白 エンデが最後に話したこと」(岩波書店, 2009) p173