ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 26

坂本龍一

人生の方向性を思い定めてしまうのではなく、できるだけ可能性を残しておく方がいい。

2016/11/24

Illustrated by KIWABI - Ryuichi Sakamoto

「子供の時しか自由に遊べないから」という考え方はもう古く、ミキハウス子育て総研が2014年に0-7歳以上の子供を持つ保護者を対象に行ったリサーチによると、日本全国の子どもの半数は習い事をしており、4人に1人が2つ以上の習い事を掛け持ちしているそうです。

まだまだ学歴社会の日本では、親たちは子供が小さいうちから塾へ通わせて、社会へ出ても立派にやっていける人材にしようと精を出すほどに、子供たちが自由に遊ぶ時間は減り続けています。世界的にも見られるこのような傾向について、ボストンカレッジの教授ピーター・グレー氏はその理由を「大人がかつてないほどの圧力で子供達のアクティビティをコントロールしているからだ」と意見しています。

しかしながら、LinkedInのレポートによると、世界15ヵ国の8,000人のうち、約9割が子供の時に夢見た職についていないのが現実で、実際のところ子供達の夢は「周りの人の意見」、「金銭問題」や「失敗への恐怖感」などの外的要因によって大きな影響を受け、夢を一つに絞って追いかける過程で挫折してしまう子供達が大半のようです。

↑自由なはずの子供が一番自由ではない (リンク)

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映画「戦場のメリークリスマス」や「エンペラー」の楽曲で世界的に名の知れた坂本龍一は、3歳からピアノを習っていましたが、当時、幼稚園で「将来何になりたいですか」と質問された際、習い事の延長にある職業を挙げることなく、「ない」と答えたそうです。

好奇心旺盛に育った彼は、学生時代に音楽から一度離れ、「楽しそう」と自身の興味をそそる野球など、様々な事にチャレンジしたところ、自分の中で何かが欠けている感覚を覚え始め、のちにそれが「音楽」だということに気がついたと言います。(1)

3歳からピアノを習っていた坂本龍一「子供の頃は将来の夢など考えてもいなかった」(リンク)

3歳からピアノを習っていた坂本龍一「子供の頃は将来の夢など考えてもいなかった」(リンク)

実際のところ、テクノロジーの進歩がこのまま進み続けると、今存在する職業の50%は、2025年までに消えているとアメリカのあるレポートが述べているのをみても、今、子どもたちに求められているのは特定の職業に就くような夢を持つ事ではなく、目まぐるしい発展を遂げる現代社会の中で、常に変化しつつある「必要なスキル」に応えられる、柔軟な対応力なのではないでしょうか。

↑良くも悪くも、10年後、20年後の世界は全く違うものになっている (リンク)

↑良くも悪くも、10年後、20年後の世界は全く違うものになっている (リンク)

近年、子供達が自ら何かに取り組み「主体的に学ぶ」という必要性が日本でも徐々に認識されつつあるのは確かですが、強制されて何かにチャレンジしたり、大人に教えてもらう「正解」や「不正解」を通して、物事を見つめるような型にはまった今の教育よりも、これからは、子供達がもっと自由に「楽しい」から可能性を伸ばしていける、型にはまらない教育が鍵となっていくことでしょう。

例えば、坂本龍一は幼稚園で初めての夏休みに、飼育の経験を作詞作曲した時のドキドキした思い出や、小学校4、5年生のときに母親に連れて行ってもらった風変わりで型にはまらないコンセプトのコンサートで、野球ボールをピアノの中に投げ入れてその音を聞いた時に感じた、「へえ、音楽はこんなんでもいいんだ」という新しい「気づき」などを通して、子供ながらに可能性の広げ方は自由なんだと確信したと言います。(2)

↑ルールの存在しない世界は可能性にあふれている  (リンク)

↑ルールの存在しない世界は可能性にあふれている  (リンク)

そんな子供の自らの気づきを大切に育て、型にはめない教育をモットーとしたヴィラ・モンテというスイス政府認定校が今、世界で静かに注目を集めています。大人がリードする教育ではなく、子供にその主導権を握らせる画期的なこのスクールでは、共通の時間割は存在せず、4-18歳までの在学生たちは、毎朝自分で興味のあるクラスへ行き勉強します。

自分なりの自由と責任を確立し卒業する子供達が、「社会へ馴染めるはずがない」という声は当初あったものの、卒業生たちは、社会の壁にぶち当たってもほとんどがわずか6ヶ月余りで不足しているスキルを克服し、その多くはアーティスト、技術者やIT起業家などのクリエイティブな職へと就職しています。

↑社会に出ても、好きなことを続けていくために様々な困難を克服していく (リンク)

↑社会に出ても、好きなことを続けていくために様々な困難を克服していく (リンク)

坂本龍一は幼い頃から「人生の方向性を思い定めてしまうのではなく、できるだけ可能性を残しておく方がいい」と考え、決まった夢ではなく、ただ大きなイメージである「楽しそう」や「楽しい」という気持ちを常に追いかけ、それを続けてきたとインタビューで答えています。(3)

習い事を通して知識や技術を身につけさせたほうが、子供の為になるだろうという親心とは裏腹に、小学生-高校生を対象としたある調査で明らかになったのは、「時間を無駄にしてる」や「もっとゆっくり過ごしたい」などと、習い事の為に自由時間が削られる毎日をネガティブに思う子供が過半数いるという事です。

↑人生の方向性を子供の時から定めてしまうよりも、もっと可能性を残した方がいい  (リンク)

↑人生の方向性を子供の時から定めてしまうよりも、もっと可能性を残した方がいい (リンク)

強制的に型にはめ込む教育ではなく、子供達それぞれのペースで興味のある事を追求し、大人が思う今の時代にある紋切り型の職業を目標にするのではなく、「自分には可能性がある」と胸を張って言える状態でいるかどうかのほうが、将来活躍する大人へと成長するために大事なことなのかもしれません。

 

参考書籍
1.坂本龍一 「音楽は自由にする」(新潮社)p.7
2.坂本龍一 「音楽は自由にする」(新潮社)p.71
3.坂本龍一 「音楽は自由にする」(新潮社)pp.131-132