ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 15

フローレンス・ナイチンゲール

どんな訓練を受けても、その人がまず感じることを学び、次にものごとを自分の力で考え抜くことを学ばなければ、役に立ちません。

2016/09/08

Illustrated by KIWABI - Florence Nightingale

「どんな訓練を受けても、その人が、まず感じることを学び、次にものごとを自分の力で考え抜くことを学ばなければ、役に立ちません。」

これは、看護という仕事に革命を起こしたナイチンゲールの言葉です。この言葉が生まれてから100年が過ぎた今もなお、私たちは、机上の受験勉強やマニュアル化された仕事を繰り返し、記憶とパターン化された思考に頼り過ぎる傾向にあります。その結果、現代人には規格外の事には対応できない人や自分で考え抜くことができない人たちが増え続けていると言われています。

↑ナイチンゲール「感じることと考え抜くこと。」(Sue Hasker - Apologies to my followers for my rece)

↑ナイチンゲール「感じることと考え抜くこと。」(Sue Hasker – Apologies to my followers for my rece

ナイチンゲールは、幼い頃から父親に古典学や心理学、そして語学など幅広い分野の教育を施され、教養の高い裕福な家庭で育ちました。そのため、社会的な地位が低いと見なされていた看護婦になることに家族は反対したそうです。

それでも彼女が看護婦を志したのは、旅先で訪れた国で貧しい人たちの暮らしぶりを目の当たりにしたことや、慈善団体の活動を体験したことで「人の役に立つこと」したいと考え、積み重ねてきた知識と経験から、それが看護婦であると確信したからです。

当時の看護婦は奴隷のような扱いで卑下されており、専門的な医療知識を持たない女性たちの仕事だと認識されていました。ナイチンゲールも、1854年に勃発したクリミア戦争下で派遣されたイギリス兵の収容所の印象を次のように語っています

「そこには清潔な水さしや石鹸、タオルにクロス、そして病院服もなく、患者の兵士は血と埃にまみれた服で横たわっている。…ミルクもなくパンにはカビが生え、腐ったバターや肉はまるで食べ物というより湿ったレザーのようだ。」

↑当時の看護師は奴隷のように扱われ、収容所の環境も酷いものだった。(Nat)

↑当時の看護師は奴隷のように扱われ、収容所の環境も酷いものだった。(Nat

施設の劣悪な衛生状態と、人道的な扱いを受けていない患者の兵士たちを目の当たりにしたナイチンゲールは、施設の清掃と適切な病人食の提供を徹底し、兵士たちの死亡率を大幅に減少させる事に成功します。この成果により注目を浴びたナイチンゲールは、さらにデータを集めて医療における看護の重要性を説き、看護のあり方そのものを全面的に改革していきました。

まず、ナイチンゲールは政治的有力者の協力を得て軍備施設の負傷兵の状況を集計し、死亡兵士の18,000人のうち16,000人は、戦争による外傷によるものではなく、衛生状態の悪さから引き起こされる病気が死因であるという衝撃的な結果を明らかにしました。

さらに、彼女の意向で設立された衛生委員会の活動によって、病院での兵士死亡率を1年で99%減少させたことをグラフ化してわかりやすく発表し、社会への公衆衛生への理解を促すとともに、軍の医療と衛生科学の行政組織を設立するきっかけを作りました。これは、現在の医療サービスの基礎になっています。

↑正しい公衆衛生の指導によって病院での兵士死亡率が1年で99%の減少。(Kingkongphoto & www.celebrity-photos.com)

↑正しい公衆衛生の指導によって病院での兵士死亡率が1年で99%の減少。(Kingkongphoto & www.celebrity-photos.com

こうして、クリミア戦争時の病院での兵士の死亡率改善の功績や、献身的な看護の様子から、「ランプをもったレディ」として世間の人気と注目を集めたナイチンゲールですが、ナイチンゲールの伝記を執筆したMark Bostridge氏は、「ナイチンゲールは、自分のやろうとすることが惑わされるため、世間が語る彼女の伝説めいたものを嫌っていた」と語っています。

ナイチンゲールも自身の著書「Notes on Nursing」の中で、誰でも考えて統率することができれば、目標を成し遂げることが可能だと強調しています。

「統率するということは、規則に沿ってあることを実行するだけでなく、全員がそれをしているかを確認することです。それは、全てを一人でやるわけでなく、ある一定人数の人がその義務を果たすよう指名するわけでもなく、それぞれが任命された義務を遂行するのを確認することです」

↑それぞれが任命された義務を遂行するのを確認することが大事(Creative Ignition)

↑それぞれが任命された義務を遂行するのを確認することが大事(Creative Ignition

自分だけの限られた力では世の中をよくすることはできず、そこに関わる全ての人が任務を遂行するためのシステムを機能させなければなりません。そのためには、それまでの慣習や常識などに惑わされずに理論で裏付けされた知識や経験で判断し、有効な任務を遂行することが不可欠です。その判断材料となる知識も経験も、考え抜く努力をせずに得られるものではないでしょう。

昨今の長引く不況やリーマンショックの影響を受け、お金よりも生きがいにフォーカスする若者が増え、何か「人の役に立つ」ことをしたいという思いが強まる中、アメリカではNPO団体の数が150万を超え、日本でもNPO法人認証数は4万以上となりました。しかし、そういった慈善団体では、時に感情に流され、自分しか見えなくなって、支援のつもりが返って悪影響を与えてしまうこともあります。

↑アメリカでも日本でもNPO団体の数は右肩上がり。(Need Magazine)

↑アメリカでも日本でもNPO団体の数は右肩上がり。(Need Magazine

国際NPO“Sirolli Institute”で発展途上国の経済発展を助けているErnesto Sirolli氏は、自分をはじめとする先進国の人々が、過去にアフリカで支援プロジェクトをことごとく失敗させてきた経験から、人の役に立つ方法について、次のように話しています。

「27才の時に 自分から行動せず、要請に応じるだけにしようと心に決めて”事業促進”という仕組みを作りました。この仕組みでは、自分から行動を起こしません。人に何かをやらせる代わりに、よりよい人間になりたいと考える 。つまり、人々のための奉仕者として働きます。

↑人に何かをやらせる代わりに、よりよい人間になりたいと考える。(Amir Hameed)

↑人に何かをやらせる代わりに、よりよい人間になりたいと考える。(Amir Hameed

自分の成し遂げたことが名声となることを嫌い、常に様々な分野を学び続けることの大切さを唱えたナイチンゲールも、看護師に必要な従順さとは、強制された奴隷のような従順さではなく、知性から生まれる従順さだと、次のように語っています。

「私は人生の最後の時まで、毎日学び続けていたいものだと思います。”両脚切り落とされたあの男は、胴体引きずり戦い続けた”という歌があります。私もいつか、人を看護しながら学ぶことができなくなったとき、今度は看護される側になり、この私の世話をする看護師たちを見て学びましょう。全ては経験になるのです。」

「人の役に立つ」という純粋な気持ちから生まれた目標でも、偏った価値観を振りかざせば実現の可能性は閉ざされます。本当に人の役に立ちたいならば、ナイチンゲールも唱えていたように、置かれた環境を受け止め、感じたことについてあきらめずに考え抜き、学び続ける気持ちを忘れずに生きていく姿勢が大切です。