ハフィントン・ポスト創業者、アリアナ・ハフィントン
成功の秘訣は寝室に電子機器を持ち込まないこと。
一説によると、10年前と比べて世界に流通する情報の量は400倍以上に増え、2001年から2003年の間に出回った情報の量は、1999年までの30万年にわたって人類が蓄えてきた情報の量を追い抜いてしまったそうで、人類が生まれてから2003年までに作られたデータ量と同じ量のコンテンツが、現在は48時間で作られているそうです。
先進国の人は、スマートフォンを1日150回もチェックするというデータがあるように、21世紀に入ってわずか十数年のうちに私たちが得られる情報量は何百倍、何千倍と飛躍的に増えました。しかし、膨大な情報を簡単に得られるが故に、現代人は「より多くの知識が生産性を上げる」という概念に固執しがちで、処理能力が追いつかず、結果として消化不良に陥る傾向にあります。
確かにピーター・ドラッカーも、著書『ネクストソサエティ』の中で、知識が中核の資源となり、知識労働者が中核の働き手となると述べていますが、ハフィントンポストの創設者であるアリアナ・ハフィントンは、あまりにも知識に偏りすぎている社会に対して一石を投じ、そもそも、成功の定義がお金と権力だけと捉えられていること自体に否定的で、人生の成功は、幸福、知恵、不思議・驚き、そして与えることだと定義すべきとして独特の意見を述べています。(1)
現在、欧米から輸出されている「もっと働いて、もっと稼げ」という職文化はストレスや睡眠不足、そして心身の消耗を燃料に機能し続けており、アメリカとイギリスでは十分な睡眠を取っていない人の割合が30%を超え、ドイツでは最近仕事のストレスが大きくなったと感じる人の割合が40%、精神的疾患を理由に会社を休む人の割合は15年前よりも80%以上増えているといいます。(2)
ハフィントンはインターネット上から手に入れることができる「知識」ではなく、人生を豊かにするための「知恵」を手に入れることが大切だとしています。実際、どこからでも手に入れられるような「ダメな知識」に触れ続けてしまうと、それに対して免疫ができてしまい、「知恵」を見つけるための情報判断の閾値(しきいち)が下がってしまうことも常に意識しなければなりません。(3)
現代人は情報を集めることが頭を使うことだと思い込んでしまっているところがありますが、イギリスの経済学者エルンスト・フリードリッヒ・シューマッハーは、著書『スモールイズビューティフル』の最後で、「知識」と「知恵」は性質が異なり、知識を得るときのような自己中心的なやり方では、知恵を得ることはできないのだと、次のように述べています。
「現実を静かに黙想し、その間、自己中心的な関心を一時的でも抑えるような態度をとることによって、はじめて偏見のない客観性に手が届き、十全(じゅうぜん)な知恵をもつことができるのである。」(4)
知恵とは、インターネットや書籍では見つけることができない独自の主観のようなものを指し、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェルは、著書『”最初の2秒”の”なんとなく”が正しい』の中で、処理できないほどの情報があふれる世界では、どんなスーパーコンピューターよりも速く判断を下せる「直感力」が重要だと断言していますが、睡眠不足やストレスは直感力を著しく低下させます。5時間しか眠らないことで有名であった元アメリカ大統領のビル・クリントンも次のように述べています。
「私が人生で犯した大きな過ちはどれも、あまりにも疲れていたせいで犯したものだ。」
ハフィントンはある卒業式のスピーチでお金と権力を手に入れて世界の頂点に立つのではなく、「世界を変える力」を身に付けてほしいと若者に投げかけましたが、元グーグルCEOのエリック・シュミットもボストン大学の卒業式で未来を作る若者に次のような言葉を贈りました。
「今日のスピーチの中で、一つだけ覚えておいて欲しい。1日1時間はスマホをOFFにする習慣をつけよう。”いいね!”ボタンを押すだけじゃない。直接それを言ってあげよう。」
「スクリーンの中で会話をするんじゃなくて、直接会って本当のコミュニケーションを取ろう。人生はスクリーンの中で起こっているわけじゃない。これだけは忘れないでくれ。」
知恵は、個々人が生きている実感を得るためだけに必要な要素ではなく、会社などの組織においても同じで、『どうしてあの人はクリエイティブなのか?』の著者デビット・バーカスは、組織の新人がアイデアを情報として提供しても、それだけではイノベーションは起こらず、新しい人にはない「知恵」のある人が組織を前に進めるのためには絶対に必要だと述べています。
「イノベーションを起こすチームというのは、古くからの仲間と新人の組み合わせです。新しい、あるいは奇抜なアイデアがもたらされ、そこから実現可能でよく練られた成果が生み出されるからです。新参者は新しいアイデアを提供し、古参者は共同作業を行うための知恵を提供します。そして、こうした奇抜なアイデアからほかの人々にも認められる成果を上げられるようにするのです」(5)
実際、ハフィントン自身も直感や知恵が大事だと分かっていながらも、普通のビジネスマンと同じように睡眠不足を抱えながら働き、テレビやスマートフォンを常にオンにしていましたが、生前母親に日常の行動を戒められたことがきっかけで、自身の生活のあり方を改めるようになったといいます。
「私の場合は、本当に幸運で母親が大切なことを全て教えてくれました。ある日、私がメールをチェックしながら娘たちと会話していると、母親がものすごい勢いで怒ったんです。”アリアナ、私は複数の事を同時にやろうとする人が大嫌いなの。軽蔑するわ”ってね。」
現在、ハフィントンは、寝室では紙の本を読むなど電子機器を持ち込まないことを徹底し、自分の娘にも寝室には一切持ち込まないように言い聞かせているそうです。
現代社会は、仕事に追われることで、本当に自分を支えてくれる人やものを蔑ろにしてしまいがちな世の中ですが、後世に評価される人物とは、自身が生み出した本当に価値のあるものや歩んできた人生そのものであることは間違いないでしょう。
増え続ける情報や日々に忙殺されるあまり、自分の本心をかき消されるのはあまりにもったいことです。もしそのことに人生の早い段階で気づき、「知識」だけではなく「知恵」を身に付けることができたのなら、人生を成功に近づけることができるのかもしれません。
参考資料:
1.P・F・ドラッカー『ネクスト・ソサエティ』(ダイヤモンド社、2002年)kindle p224
2.成毛 眞「情報の「捨て方」 知的生産、私の方法」(KADOKAWA/角川書店、2015年) Kindle P225
3.アリアナ・ハフィントン『サード・メトリック しなやかにつかみとる持続可能な成功』(CCCメディアハウス 、2014年 )P5、P12
4.F・アーンスト・シューマッハー『スモールイズビューティフル』(講談社、1986年)P38
5.デヴィット・バーカス『どうしてあの人はクリエイティブなのか』(ピー・エヌ・エヌ新書、2014年)P176