ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 13

マヤ・アンジェロウ

胸の内に語られない物語を抱え込むほどの苦悩はない

2016/08/25

Illustrated by KIWABI - Maya Angelou

ウェブメディア「ライフハッカー」などに携わっているハーバート・ルイは、口に出すと不幸になる言葉として、「面倒くさい」「あの人嫌い」「あの人賢いよね。自分はなれないけど」「みんなどう思うだろう?」の4つを挙げました

言葉は発する本人だけでなく、それを耳にした人の人生にも影響を与えるもので、アメリカにおいて言葉の力で人種差別の撤廃を訴えたキング牧師らとともに、言葉によって人々の心に力を与えた人として最も知られている1人が、詩人で作家のマヤ・アンジェロウです。

↑キング牧師らとともに、言葉によって人々を動かしたマヤ・アンジェロウ。(York College ISLGP)

↑キング牧師らとともに、言葉によって人々を動かしたマヤ・アンジェロウ。(York College ISLGP)

彼女は、2014年に86歳で亡くなりましたが、彼女の言葉は今も多くの人に寄り添いながら生き続けています。アメリカで最も有名な女性司会者として知られているオプラ・ウィンフリーは、マヤ・アンジェロウが自分にとって先生のような存在であり、「学んだときは教えなさい。手に入れたときは与えなさい(When you learn, teach, when you get, give)」という言葉は、彼女から教えられた最高のレッスンの1つだったと語ります

↑オプラ・ウィンフリー「マヤ・アンジェロウは私の先生だった」(NewhouseSU)

↑オプラ・ウィンフリー「マヤ・アンジェロウは私の先生だった」(NewhouseSU

マヤ・アンジェロウは生涯で36冊の著書を残しました。その中でも1970年に出版された自伝『歌え、翔べない鳥たちよ(I Know Why the Caged Bird Sings)』は彼女の代表作として知られ、歌手のリアーナも10代の頃にこの本を初めて読んだ際に、「彼女のことを知っているかのように感じた」と述べました。そこには、どんなに時が流れても消えることのない魂のようなものが感じられます。

この自伝は、彼女が7歳のときに母親の愛人に乱暴された辛い経験や、貧しさや人種ゆえに受けた偏見や差別が語られており、その内容ゆえに当時は発禁処分になったほどでしたが、この作品について作家のタヤリ・ジョーンズは、「この真実は人々に衝撃ではなく、癒やしを与えるために語られたのだ」と述べています

↑マヤ・アンジェロウの自伝は、癒しを与えるために語られた。(Very Quiet)

↑マヤ・アンジェロウの自伝は、癒しを与えるために語られた。(Very Quiet)

マヤ・アンジェロウが言葉の力を手に入れる以前、語ることを一切やめて無言で過ごした5年間がありました。それは、おじが殺人を犯したことを自分のせいだと責めていたためでしたが、12歳になった時、近隣に住んでいた黒人女性のフラワー夫人が、伝えることの重要性や詩への愛を説いてくれたことで、再び詩や文学への興味を開花させることができたといいます。

そして、無言の時間を振り返り、後に彼女はこう語りました。

「胸の内に語られない物語を抱え込むほどの苦悩はない(There is no greater agony than bearing an untold story inside you)」

ビル・クリントン元アメリカ大統領が、彼女の死後、「彼女は5年の間声を失いましたが、その後地球上で最も強力な声を手に入れました。それは神が彼女に授けたものであり、彼女は神の声を持っていたのです。そして、神は彼女からその声を再び取り上げることにしました。」と述べましたが、彼女は語れない物語を抱え込むことで、「語りたい」という純粋な本能を磨くことができたのかもしれません。

↑5年の間、声を失ったが、その後、地球上で最も強力な声を手に入れた。(Wheelock College)

↑5年の間、声を失ったが、その後、地球上で最も強力な声を手に入れた。(Wheelock College)

彼女の詩『籠の鳥(Caged Bird)』の中には、「自由な鳥は飛び出し…歌うために喉を開く(A free bird leaps…so he opens his throat to sing)」というフレーズがあります。これは黒人の少女であった自分を鳥に例え、自分が自由に伝える事はもう誰にも止められないという溢れる感情が描かれています。

キング牧師やマルコムXとともに、彼女が伝えた言葉によって、アメリカの公民権運動は白熱し、黒人初の大統領となったバラク・オバマは、マヤ・アンジェロウのことを「我々の時代の最も輝かしい光の1つであり、素晴らしい作家であり、友人であり、女性である」と評し、ミシェル・オバマ大統領夫人も「小さな黒人の女の子」である自身をホワイトハウスまで運んでくれたのはマヤ・アンジェロウだと語りました。

↑マヤ・アンジェロウは私たちをホワイトハウスまで運んでくれた。(Embajada de Estados)

↑マヤ・アンジェロウは私たちをホワイトハウスまで運んでくれた。(Embajada de Estados)

一人の力では国や世界を動かすことができないとしても、一人の人間が発する言葉の持つ力が周囲の人の心の持ち方を変え、ひいては世界をも変える力を持ち得ることを、マヤ・アンジェロウ自身の行動で体現して見せました。彼女は、その一歩に必要だったものは勇気だったとして、次のように語りました。

「勇気は最も大切な美徳です。もし勇気がなければ、人は他の美徳を堅実に実践することができません。」

↑勇気をもって一歩踏み出せば、伝えることはもう誰に求められない。(Burns Library, Boston College)

↑勇気をもって一歩踏み出せば、伝えることはもう誰に求められない。(Burns Library, Boston College

古来、日本の社会においても、神道よる「言霊」信仰があり、ポジティブな言葉を発すると、それは現実の事象にも良い影響を与えると信じられており、神道の儀式においては、「忌み言葉」と呼ばれるネガティブな言葉が読みあげられないように細心の注意が払われます。

しかしながら、現代のネット社会においては、毎分毎秒大量の言葉が行き交い、自ら発した言葉を覆すことに何ら道徳的な抵抗を感じるもなく、「言葉」はかつてなくその重みを失いつつあります。

↑Web上の言葉にかつてほどの重みは存在しない。(Ars Electronica)

↑Web上の言葉にかつてほどの重みは存在しない。(Ars Electronica)

マヤ・アンジェロウが残した言葉に「与える行為は与える側の魂を解放する」というものがありますが、私たちが普段、もっと言葉の持つ力を敬えば、ネガティブな言葉や罵り、暴力的な言葉、そして嫉妬に満ちた言葉が伝わることの影響を畏れるはずです。その上で選び抜かれて伝えた言葉であれば、その言葉には魂が宿り、ネットの中にあっても埋もれることなく生き続け、次の時代にも語り継がれていくのではないでしょうか。