ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 12

セリーナ・ウィリアムズ

私はロボットではない、負けを経験しないと自分のキャラクターを作ることはできない

2016/08/18

Illustrated by KIWABI - Serena Jameka Williams

2015年のマイアミ・オープン女子シングルス準々決勝で、キャリア通算700勝目を達成したセリーナ・ウィリアムズは、34歳になった現在でも錦織選手と並ぶ速度200キロのサーブを放ち、女子テニス界の女王として君臨し続けています。

同じくトッププレイヤーである姉のビーナス・ウィリアムズは、一番の強敵は誰かと聞かれた時に、「妹(セリーナ)ね、恐ろしいわよ」と答えたそうで、テニスの四大大会であるグランドスラムで、シングルスとダブルス合わせて過去33回の優勝を経験しているセリーナは、2015年に米スポーツ・イラストレイテッド誌で「今年最も優れたスポーツ選手」にも選ばれました。

勝者のイメージが強いセリーナですが、勝利するものと思われていた2016年1月の全豪オープンの決勝で負けた後、引退かとささやいていたマスコミをよそに、「負けることはキャリアを積む上で大切なこと。私はロボットではない。負けを経験しないと自分のキャラクターを作り上げることができない」と語り、次の試合への意欲を見せました。

↑負けを経験しないと自分のキャラクターが形成されない (リンク)

↑負けを経験しないと自分のキャラクターが形成されない (リンク)

セリーナは、常に勝利していると自分の課題や問題点が見えにくくなってしまうため、自分をどう評価するか強制的に学ばせられる敗北という結果は、自分を見つめ直すことができるチャンスなのだと言います。

2003年後半から2004年はセリーナにとって、辛い期間でした。2003年のウィンブルドン後に左膝を痛めたことに加え、同年9 月には彼女の一番上の姉であるイェツンデが銃で撃たれて亡くなるという事件が起き、失意のどん底にいる中で迎えた、2004年のUS オープン準決勝で、セリーナは試合に敗れました。

試合はセリーナが第一セットを先取する形で始まったのですが、第二セットで審判がきわどい判定をし、セリーナがそれに抗議したところ相手にポイントが入ってしまい、そこから調子が崩れてしまったのが敗北の原因でした。

しかし、セリーナは自伝「MY LIFE Queen of the Court」でその時のことを、「とてもイライラするような負けだったわ。でも、あの試合が私を良い方向へと導いてくれたような気がするの」と語り、次の年の全豪オープンでは見事優勝し、テニスに対してより能動的に取り組めるようになったと言います。(1)

↑負けたことが将来大きな財産になる (リンク)

↑負けたことが将来大きな財産になる (リンク

バスケットボールの神様と称されるマイケル・ジョーダンも、「9,000本以上のシュートを外し、試合では約300回負けた。試合の勝ち負けがかかったウイニングショットは26回外した。人生において失敗の連続だった。だから今、こうして成功したんだ」と語っていますが、勝つことだけではなく、負けた結果も自分のものとしているトップアスリート選手は多く存在します。

走る哲学者とも称される、陸上400mハードル日本記録保持者の為末大は、自分で選んだ目標に向かって走っていく過程の中での失敗は、確固たる自分を築きあげるチャンスだと考え、彼の著書「負けを生かす技術」の中で、次のように述べています。

「本当に強い人は、『社会はこういう物差しで動いでいるが、自分の勝負はここだ』と決められる人。」(2)

↑敗北は自分というストーリーの中の一部 (リンク)

↑敗北は自分というストーリーの中の一部 (リンク)

今では世界のトッププレイヤーとなった錦織選手も、2011年のスイス大会決勝で自分の憧れだと語っていたロジャー・フェデラーに大敗しますが、この時にコーチのマイケル・チャンが錦織選手に告げた次のような言葉は、錦織選手が抱いていた相手との経験値の差などといった固定概念を変え、強さを手に入れるきっかけとなったのかもしれません。

「過去の実績など関係ない。コートに入ったら、『お前は邪魔な存在なんだ』と言い切る覚悟が必要なんだ。」

自身もかつてトップテニスプレイヤーだったマイケル・チャンは、進歩を促すのは柔軟な思考であり、成長への答えは当たり前と思っていた中に潜んでいて、「正しいと思っていること、常識となっていることを再度疑ってみると、その中に潜んでいた飛躍のヒントを見つけることができる」と語っています。敗北は自分の凝り固まった考えによる弱さを見つける最高のチャンスなのかもしれません。(3)

↑敗北した時にしかたどり着かない思考回路がある (リンク)

↑敗北した時にしかたどり着かない思考回路がある (リンク)

将棋界で史上初の7タイトルを独占した、羽生義治も著書「迷いながら、強くなる」の中で、たとえ一つ一つの場面が失敗であっても、迷ってしまうような場面に沢山出会ってきたからこそここまで来ることができた」と述べていますし、一つ一つの失敗が常勝棋士を作り上げたと言っても過言ではないでしょう。(4)

第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトも「過ちを犯し、失敗したときに、初めて努力したと言える」と述べたように、試合に限らず何事においても失敗や敗北の経験が努力の証でもあり、自分という個人が、負けた事実とどのように向き合い、這い戻ってくるかによって、自分の人生は決まってくると言っても過言ではありません。

セリーナのように失敗を成長するチャンスだと考えて、「失敗したことによってまた自分の新しい一面が見られる」というくらいの気持ちで、失敗を受け入れていくことが大切なのではないでしょうか。

 

 

参考資料:
1.セリーナ・ウィリアムズ『MY LIFE QUEEN OF THE COURT』(SIMON & SCHUSTER、2009年)pp. 164-172
2.為末大『負けを生かす技術』(朝日新聞出版、2013年)kindle p.439
3.児玉光雄『錦織圭 マイケル・チャンに学んだ勝者の思考』(楓書店、2014年)kindle pp.356-372
4.羽生善治『迷いながら、強くなる』(三笠書房、2013年)kindle p.17