ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 10

マザー・テレサ

私は神が握っている、ただの1本の鉛筆です

2016/08/04

Illustrated by KIWABI - Mother Teresa

マザーテレサは、貧しい人に尽くすために「神の愛の宣教者会」を設立し、1979年にノーベル平和賞を受賞しました。彼女の死後も、意志を受け継いだシスターたちによって、多くの貧しい人々が救われていることが今もなお評価されています。その功績から、2016年にはカトリック教会からマザーテレサに、最高位の崇敬対象である「Saint(聖人)」の称号が送られるのではないかと噂されています。

神の愛の宣教者会」は現在、世界100カ国以上で、数百億ドルの資金を基に運営されており、その規模はコカコーラやアップル、そしてグーグルのような世界を代表する大企業と比較しても遜色ない財政規模で、これほどまでに組織を拡大できたのは、マザーテレサの手腕によるものといっても過言ではありません

彼女の死後も運営されているマザーハウス  (Chikahiro Tokoro)

彼女の死後も運営されているマザーハウス  (Chikahiro Tokoro)

企業家で投資家のルマ・ボーズ氏は、実際にマザーテレサが主催しているボランティアに参加して学んだ体験から、マザーテレサが大切にしてきた理念は、世界を牽引している企業のCEOと共通しているものがあると感じ、『Mother Teresa, CEO』という本を執筆しました

その著書の中で、マザーテレサの理念のうちの一つとして、「簡潔なビジョンを力強く伝える」ことが紹介されています。マザーテレサは、「私は神が握っているただの鉛筆です」と述べ、全ての人が鉛筆になれると信じ、ビジョンは人によって語り継がれるべきものと考えていました。

そして、「私は貧しい人の中のさらに貧しい人の為に仕えます」という誰でもわかるシンプルなビジョンを会う人ごとに伝え、そのビジョンを世間にまで浸透させたことで、彼女が設立した「愛の宣教者会」は、何のための組織なのかが揺るぎないものとなりました。彼女が亡き今も、同じ方向を目指すボランティアが、世界中でそのビジョンを語り継いでいます。

↑簡潔なビジョンを力強く伝える「私は貧しい人の中のさらに貧しい人の為に仕えます」 (Harsh Agrawal)

↑簡潔なビジョンを力強く伝える「私は貧しい人の中のさらに貧しい人の為に仕えます」 (Harsh Agrawal)

明確なビジョンが、多くの人を動かすものであることは間違いなく、アップル、グーグル、そしてエバーノートなど、今となっては大成功を収めている企業に創設時から投資をしている投資会社、セコイアキャピタルも、「何をしたいか10個の単語で伝えられないようであれば一切投資はしない」と断言しており、実際に世界的に有名な企業を見ても、シンプルで力強いビジョンが社会を変えてきたことがわかります。

例えば、アップルは「全ての個人にコンピューターを届ける」というビジョンを唱え、それまでは研究所や企業用とされていたコンピューターが、今では個人のものになりました。また、グーグル会長エリック・シュミット氏も、「最も大事なものはビジョン」と述べ、「1クリックで世界の情報へアクセスを可能にする」という志は、今では「Google」は企業名だけでなく、「情報にアクセスする」という意味の動詞として、世界で通じるまでになっています。

↑何をしたいか10個の単語で伝えられないようであれば、投資価値はない(JD Lasica)

↑何をしたいか10個の単語で伝えられないようであれば、投資価値はない(JD Lasica)

ビジョンを実行する際も、マザーテレサに”ぶれ”はなく、歴史上の多くのキリスト教布教者が囲われたキリスト教の修道院で、人々を救う前にキリスト教の洗礼を受けさせていたのに対し、彼女は「貧しい人を救う」ために、貧しい人と共にいることを第一に考え、一人で修道院を出て、彼らと同じ境遇に身を置くことから始めました。

マザーテレサと親交の深かったジャーナリストの沖守弘氏も、著書『マザーテレサ:限りない愛の奉仕』の中で、次のように彼女を表現しています。

「貧しい人たちの中に入ることを決意したテレサは、いつまでも外国人でいてはだめだ、自分も貧しい人と同じインド人になりきろうと思い、国籍をインド国籍に移しました。次に、貧しい人の中に入るには、貧しい人たちと同じ服装をしなければと思い、粗末な木綿のサリーを着ることにしたのです。」

↑「貧しい人を救う」ために、貧しい人と同等になる (Funkybug)

↑「貧しい人を救う」ために、貧しい人と同等になる (Funkybug)

人々を助けるための仕組みづくりにおいても、マザーテレサは、地元に密着した方法で世界各地で活動を拡大し、その大胆な行動力によって、「テレサおばさん」とも呼称されるほど、身近で頼れる存在になりました。

マザーテレサは、仕事にありつけない人たちに、転がっているココナッツの殻から繊維作りをさせ、マットやタワシなどを製品として売ることで、失業対策と活動の収入源を兼ねることに成功しました。また、インド中の空港と交渉し、飛行機の欠航や遅れなどで手をつけていない機内食は、「孤児の家」に払下げてもらっており、インドでは飛行機に遅れがでると、乗客たちが 「おい、マザーのところの孤児たちがお祈りしているから、今日も遅れそうだよ。」 という冗談が一般に通じるまでになりました。

前述のルマ・ボーズ氏は、マザーテレサは誰よりも獰猛なリーダーであり、「これからのCEOには“自分が何のマザーテレサになれるのか”を考えることが必要だ」と話しています。周囲の理解を得るためには、マザーテレサのように、自ら心を開いてなりふり構わず突き進むことが最短の近道かもしれません。

↑これからのCEOは「自分が何のマザーテレサになれるのか」を考える必要がある (Jim Forest)

↑これからのCEOは「自分が何のマザーテレサになれるのか」を考える必要がある (Jim Forest)

世界がインターネットでつながり、文化的な背景が違う人たちが一緒に働くようになるグローバル社会では、言葉の違う人にもわかる伝言ゲームで、ビジョンを伝えていくことが必要です。10個の単語でシンプルに表現できなければ、世界や時代を超えて語り継がれることはありません。

さらに、いつでも誰とでもつながれる現代では、メッセージの余韻は残りにくく、会う人全てに繰り返し、果敢に伝えていくことを怠るようでは、ビジョンを浸透させることは困難でしょう。

マザーテレサが、「本当にこれがやりたいことなのか」と自問し続けて、ビジョンを確立したように、まずは自分が心の芯から納得するまで、自問自答を繰り返し、伝え続けることから、世界を動かすリーダーシップは始まるのかもしれません。