ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 49

ウディ・アレン 映画監督

才能なんて本人にとっては大したものではない

2017/05/04

Illustrated by KIWABI - Woody Allen

大手の転職エージェントサイトでは、転職活動を始める際の第一歩として、これまでのキャリアの棚下ろしと自己分析をすることを勧めているそうですが、満足のいくキャリアを築くには、自分の能力を見つめ直し、向いている仕事をすることが重要だと考えている人も多いのではないでしょうか。

毎年、TIME紙ではその年の影響力のある人が選出され、世界で活躍するアスリートや映画俳優などの類まれな才能を持つ人が自分とは違って特別なもののように見えますが、実は、才能は見つけようとして見つかるものではなく、普段意識していないところにあるのかもしれません。1977年にアカデミー賞を受賞した映画「アニー・ホール」で有名になって以降、コアなファンに愛されている映画監督のウディ・アレンは、才能というのものについて、インタビューの中で次のように答えました。

「才能のある人と仕事をして、彼らの邪魔をせず、その才能を活かして仕事をしてもらう。それが僕がずっとやってきたやり方なんだ。そうして素晴らしい演技を手にすることができた。」

↑まず、才能がある人の邪魔は決してしない (リンク)

↑まず、才能がある人の邪魔は決してしない (リンク)

アカデミー賞にノミネートされた回数は史上最多の24回、脚本賞も3度受賞し、アカデミー賞の常連であるウディは、これまでに40作以上もの映画を撮影してきました。

多くの俳優を見てきた彼は、俳優にはあまり演技指導をせず、脚本にはあまりこだわらないため、良いアイデアを出してもらったらそれを取り入れたりと、俳優たちに即興で自由にやってもらえば誰もが良い結果を出してくれると語り、また、たとえ映画関係者ではない人であっても、それが映画にとっていいものであれば尊重するとして、次のように語っています。(1)

「もしコーヒーの配達に来た人間が良いアイデアを持っていたり、彼が編集システムを見つけて、自分が見ていた場面を僕がどう編集したか知って、不満そうな顔をして面白くないと言ったら、その判断を自分のと同じくらい信用するよ。」

↑どんな人でも良いアイデアを持っていたら、その場で採用する (リンク)

↑どんな人でも良いアイデアを持っていたら、その場で採用する (リンク)

他者から見れば「才能」であることを当たり前のことと捉えている人は、できることを「大したこと」だとは思っていないので、周りが彼らの邪魔をせずにいれば、彼らは自分で自由に良いものを生みだしていくとウディは考えています。

イギリスの能力開発・教育アドバイザーで、TEDでのプレンゼンテーション「学校教育は創造性を殺してしまっている」で有名なケン・ロビンソンも、その著書「才能を磨く」で、「自分にとって、それをすることが自然に感じられること」が才能だと述べていますが、才能の持つ性質はそれだけではなく、さらに 「それを愛している」という条件が加わると言いました。(2)

この著書で紹介されている60代で現役の会計士の女性は、小学校時代から算数に魅せられ自然に理解できたのだそうで、ただ数字に強いだけでなく数字を扱うのが楽しかったといいますが、こういった「好きだ」「興味がある」といったプラスのレッテルをはられた情報は、しっかり理解でき、思考が深まり、覚えやすいことが脳科学でも明らかになっています。

↑好きであることが、すでに才能 (リンク)

↑好きであることが、すでに才能 (リンク)

脳は情報を受け取ると、まず「A10神経群」と呼ばれる部分で情報に対して「好きだ」「嫌いだ」「興味がある」といった感情のレッテルをはります。ここではられたレッテルがプラスの感情であれば、その後の脳の機能はよく働き、逆にマイナスの感情の場合は脳の機能がしっかり働きません。

たとえば、「好きな科目を勉強していると頭がよく働くし記憶もできるけれど、苦手な科目はさっぱり頭に入ってこない」という経験や、担当の教師のことが好きか嫌いかでも、勉強の成果に大きく影響を与えた経験は誰しもあるでしょうが、これはA10神経群の働きによるものなのです。(3)

A10神経群は、嫌いな人が発する情報には「嫌いだ」「おもしろくない」「興味がない」といったレッテルをはってしまいます。つまり、「先生を嫌いになると、その先生が教える教科も嫌いになる」のです。嫌い、つまりマイナスな感情のレッテルをはったものに対しては脳がしっかり働きませんから、理解しにくくなり、考えづらくなり、覚えにくくなるのです。

A10神経群には、感情をつかさどる部位があり、気持ちを動かすと判断力や理解力といった脳の機能が高まります。このため、話を聞いたときや、新しい知識に触れたときに「すごいなぁ」とプラスの感情を持つと、脳の持つ力をしっかり発揮することができるのです。

↑好きなことはどんどん吸収しようとするが、嫌いなことだと頭がよく働かない (リンク)

↑好きなことはどんどん吸収しようとするが、嫌いなことだと頭がよく働かない (リンク)

「才能は本人にとって大したものではない」と語るウディも、高校生の頃に友人が大学ヘ行ったり看護学校へ行ったりと進路を決めていく中で、自分のやりたいことが何なのかわからず、純粋に自分の楽しみのためにあちこちに文章を書いたり、ジョークを書いたりして過ごしていたそうです。

周りの人から、試しに書いたものを投稿してはどうかと言われたウディが、自分の書いたジョークを小さな封筒に入れてポストに投函してみると、世界に何もコネを持っていない高校生の自分の楽しみのために作っていたジョークが、新聞に掲載されました。

それを皮切りに投稿を続けるうち、ウディはジョークを書く仕事の依頼を受けるようになり、その頃一日に50個のジョークを作り出していた経験は、テレビのコメディ作家としてウディを成功に導き、コメディ映画の監督というキャリアへとつながりました。(3)

↑自然にやり続けてしまう才能ほど、すごいものはない (リンク)

↑自然にやり続けてしまう才能ほど、すごいものはない (リンク)

当人にとっては「大したことではない」し、「自然にやってしまう」ものが才能なのであれば、才能に気づくためには、子ども時代に思い描いていた自分を引っ張り出してきたり、他人に驚かれ薦められたことを素直に信じて動いてみるというのを試す価値はありそうです。

自分が何気なく自然にやってきたことに目を向けてみると、才能は案外簡単に見つかるものなのかもしれません。

 

参考書籍
1.リチャード・シッケル「ウディ・アレン 映画の中の人生」(2007年、エスクアイア マガジン ジャパン)P194
2.ケン・ロビンソン「才能を磨く~自分の素質の生かし方、殺し方~」(2014年、大和書房)P14-15
3.林成之「子どもの才能は3歳、7歳、10歳で決まる!―脳を鍛える10の方法」(2011年、幻冬舎)Kindle
4.中村修二「大好きなことを『仕事』にしよう」(2004年、ワニブックス)P36-38