ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 42

リサ・ランドール

成功したかったら質問しなさい。

2017/03/16

Illustrated by KIWABI - Lisa Randall

宇宙は未だに謎が多く、知のフロンティアとして人類の前に立ちはだかっています。その宇宙研究に関しての革命的な理論を打ち出したリサ・ランドールはその功績が認められ、女性としては史上初となる、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学、そしてプリンストン大学のそれぞれで「終身在職権」を持つ教授となり、2007年にはTIME紙の世界で最も影響力のある100人にも選出されました

リサが発表した「5次元理論」によって、私たちが生きているのは、3次元空間と時間を合わせた4次元の世界ではなく、目には見えないけれども無限大の大きさの5次元を含めた世界なのだということが理論的に証明されました。この理論によって今までの「世界」の概念が大きく覆されることになり、物議を醸しましたが、 2007年時点で最も多くの物理学者の論文に引用された理論であったことからも、非常に注目を集めていることがわかります。(1)(2)

↑リサの「5次元理論」は、物理学者の論文に引用された理論(リンク)

↑リサの「5次元理論」は、物理学者の論文に引用された理論(リンク)

宇宙の謎を紐解く物理学者と言われてしまうと、私たちからはひどく遠いところにいる存在のようにも思えるリサ・ランドールですが、科学史に名を残すかもしれないほどの発見をした彼女がインタビューの中で答えた、「問いを見つけられた人こそがその答えを見つけられる」というシンプルな信条は、私たちの地球での日常生活にもヒントを与えてくれるのではないでしょうか。

リサ自身も初めからこの「問い」の大切さを知っていた訳ではありませんでした。きっかけはまだ彼女が大学院生だった時、恩師の「成功したかったら質問しなさい」という言葉でした。恩師はインプットばかりで受け身な勉強をこなし、照れ屋だった彼女に質問をさせることで、物事を正しく理解するためには質問が欠かせないということを教えてくれたのだそうです。(3)

↑成功したかったら質問しなさい (リンク)

↑成功したかったら質問しなさい (リンク)

今回の余剰次元の発見においても、リサは目に見えるわけでもなく、存在し得ないかもしれない5つ目の次元に関して、「魅力を感じながらも、同時にある程度の疑念をもって見てきた」と述べており、初めは問いを追究することをためらっていたと言います。

ところがある日、ケンブリッジ大学の研究室に向かう途中でふと、「目に見えないからといって五次元が存在しないわけではないのだ」と自分の中の問いに素直になることができ、その後、五次元理論の研究に没頭するようになったリサは、今回のような大発見に至ることができました。(4)

↑目に見えないからといって五次元が存在しない訳ではない (リンク)

↑目に見えないからといって五次元が存在しない訳ではない (リンク)

リサが大発見のもとになったと語っている、この「問う」という行為ですが、現代人はこの行為がとても苦手だと言われています。

ハーバード・ビジネス・スクールのクレイントン・クリステンセン教授によれば、ハーバードの学生でさえ、疑問を持つことを求められないがゆえに、問い方自体がよくわかっていないため、20年前と比べると問うことが苦手になってきているそうです。

また、同じくアメリカの名門イエール大学で教鞭をとっていた著述家ウィリアム・デレズヴィッツ氏もこの意見に同意しており、将来のリーダーとなる子どもたちが問えなくなってしまっていることに危機感を抱いていますが、日本はより危機的な状況といえるかもしれません。(5)

↑一流大学の学生ですら、まともな「問い」を考え出すことができない (リンク)

↑一流大学の学生ですら、まともな「問い」を考え出すことができない (リンク)

ジョージ・メイソン大学のタイラー・コーエン氏は、今この時代こそが「大停滞」の時代なのだと主張しており、その根拠の一つとして、時代のニーズにマッチしていない教育を挙げています。

確かに多くの先進国では、ほとんどの人に教育が行き届いていて、大半の人々が同じくらいの知識を持っているという一方で、イノベーションを起こすために大切な探究心や創造力、批判的思考を育む教育はあまり行われていないのが現状です。(6)

特に日本では、この傾向は顕著といえるでしょう。例えばフィンランドの算数の指導要綱では、ただ内容を理解するだけではなく、自らの生活にどう応用するかを考えるための指導が求められており、実際の授業では、24÷ 6−3という式について理解を深めた後、この式を使う文章題をグループに分かれて考えるという授業が行われているそうです。

一方日本では、まず文章題が与えられて、その答えを求めるという授業が行われており、問いを先に与えられることが前提の日本の教育方法によって、より問うことが苦手な日本人が多くなっている可能性もあると言えるでしょう。

↑教師に挑戦するぐらいの批判思考がなければ「大停滞」の時代は打破できないだろう (リンク)

↑教師に挑戦するぐらいの批判思考がなければ「大停滞」の時代は打破できないだろう (リンク)

今の世の中、問いを持ている人は壊滅的に減ってしまっている、そんな絶望的な状況かと思われるかもしれませんが、そもそも何かを問う行為自体は人にとって自然なことで、特に子供は疑問を持つことが仕事のようなものです。教育学教授のポール・ハリス博士によれば、4歳までに人は40,000以上の質問をするそうです。(7)

子供の時にあんな何もかもに対して質問してばかりだったのに、なぜ成長するにつれて人は問えなくなってしまうのでしょうか。世界中で事業を行っているデザイン会社IDEOのチーフクリエイティブオフィサーであるポール・ベネット氏は、質問をするためには弱さをさらけ出す必要があるからだと言います。

知らないというのは勉強不足であり、そんな自分の至らなさを露呈しなければいけなかったり、場合によっては相手に失礼な態度としてとられる恐れもあるわけですが、IDEOやAppleなどイノベーションを仕掛け続けている企業では、子供のような素朴な質問が推奨されています。(5)

↑歳を重ねるにつれて、世間や周りの目を気にしてしまう (リンク)

↑歳を重ねるにつれて、世間や周りの目を気にしてしまう (リンク)

IDEOのポール・ベネット氏はアイスランドの金融危機が起きた頃に招かれて行った国会のスピーチで、「お金はどこへ行ったのですか?」というシンプルな質問をしたそうですが、このような質問によって本質的な部分が露わになることで、本当に解決しなければいけない問題が見えてくると言います。(5)

また、スティーブ・ジョブズ氏もひどい質問魔だったことで有名です。これはテクノロジーを人々の日常生活に組み込むという彼の目標を達成するには、日常生活を根本的なところから問い、自分が納得行くところまで本質を知る必要があるのだと確信していたからと言えるでしょう。(5)

↑物事の本質を突き止めるためには、10回でも100回でも質問する (リンク)

↑物事の本質を突き止めるためには、10回でも100回でも質問する (リンク)

トロント経営大学院のチェンボー・チョン教授によれば、寝ても覚めても問いと生きることで、意識をしなくても脳の神経細胞が勝手にその問いに集中し、潜在意識下でその問いに取り組む可能性が高くなると言いますし、意識的にも情報を集めるようになるのだといいます。(5)

心理療法士のエリック・メイゼル氏は、このように問いと共に生きる状態を、「生産的な執着」とともに生きると表現していますが、リサも問いへの飽くなき執着を持っているといえるでしょう。彼女はいつも答えが見つかるわけではなくとも、問い続けることを大切にしているのは、「解き明かす」ことの楽しさを知っているからなのだそうです。

↑質問をすることが最も生産的な執着 (リンク)

↑質問をすることが最も生産的な執着 (リンク)

リサはより多くの人に、そういった「解き明かす」楽しさを知ってほしいと思い、3年の月日を費やして五次元理論に関しての『ワープする宇宙』という本を執筆しました。物語や様々な例えを用いて難しい理論を分かりやすく説明したこの本が、世界中でベストセラーとなったことで、リサは世界中に講演に出かけるようになり、問うことの楽しさを伝えることに情熱を傾けています。(8)

リサは目にも見えるはずのない5次元が存在するのではないかという自分の問いに確信を持てた瞬間から、いつも見慣れた風景がガラリと変わり、あらゆる形での存在し得る次元が見えてきたそうです。問いを持ち続けることは、ものの見方を、そしてさらには人生を豊かにしてくれる、そんなパワーを持っているのではないでしょうか。

 

参考書籍
1.リサ・ランドール「ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く」(NHK出版 2007)kindle
2.リサ・ランドール、若田光一「リサ・ランドール 異次元は存在する」(NHK出版 2007)p.8
3.リサ・ランドール、若田光一「リサ・ランドール 異次元は存在する」(NHK出版 2007)p.41
4.リサ・ランドール「ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く」(NHK出版2007)p.385
5.ウォーレン・バーガー「Q思考」(ダイヤモンド社 2016) kindle
6.イアン・レズリー「子どもは40000回質問する あなたの人生を創る「好奇心」の驚くべき力」(光文社 2016) p.18-19
7.イアン・レズリー「子どもは40000回質問する あなたの人生を創る「好奇心」の驚くべき力」(光文社 2016) p.69-72
8.リサ・ランドール、若田光一「リサ・ランドール 異次元は存在する」(NHK出版 2007)p.33-35