マララ・ユフスザイ
銃撃されて変わったことと言えば、弱さと恐怖と絶望が消え、強さと力と勇気が生まれた。
かつて人類が月に到達する日が来るとは科学者も含め誰も想像していませんでした。しかし、アメリカとソ連の間で「宇宙開発競争」が行われていた最中の1961年に行われたケネディ大統領の演説で、「60年代の終わりまでに月に人類を送り込む」という期限付きの大きな目標を掲げたことで、いくつもの失敗を重ねながらも1969年にアポロ11号は人類を無事、月へと運びました。
現代の社会においては、当時の「月面着陸」のような壮大な夢を語る人が少なくなっていますが、ワーテルロー大学のラリー・スミス教授によれば、私たちは少なくとも「自分の夢を追わなければいけない」ということはわかっているのだと言います。けれど同時に、スティーブ・ジョブズの有名なスタンフォード大学卒業式のスピーチを何度見ても、私たちは「夢を追い求めようとはしないのだ」とも、TEDトークのステージで語っています。
彼によれば、私たちが夢を追えないのは、夢を追うために必要な「情熱」を追い求める勇気がなく、常に言い訳を探しているからであり、「自分はスティーブ・ジョブズのような天才じゃない」、「立派なキャリアや夢なんて単なる運によるものだ」などと言って冷めた目で人生を見つめていることが私たちを夢から遠ざけるのだそうです。
情熱を探そうとしない言い訳が蔓延し、大きな夢を持つ人が少なくなっている世界の中で、17歳にしてノーベル平和賞を受賞したマララ・ユフスザイは、「世界中の子供達が教育を受けられるようにする」という大きな夢に向かって突き進んでいます。
彼女がこの提言を実行するためにノーベル賞の賞金でマララ基金を設立し、世界中に学校を作る活動を進めているのは、単に自分がパキスタンで経験してきた男女の教育の不平等を解決したいからではありません。それは、学校へ入学していろいろなことを学ぶことが、夢を持つ入り口をつくるからだと考えているからです。
パキスタンに戻れば命はないという脅迫を受けながらも、自身の夢について、次のように語っています。
「祖国の政治家は教育のために何もしてくれないので、私が総理大臣になろうと思います。中にはそれは無理だ、もっと身近なところで夢を見つけろと思う人もいると思います。でも、『大きな夢を持つことはいいことです』と、私は世界のリーダーたちに伝えています。」
ハーバード大学の心理学者タン・ベル・シャハーは「夢を持つことで“受動的”ではなく、“積極的”に自分の人生を作り上げることができる」と言っていますが、マララが自らの手で能動的かつ積極的に進んでいけるのは、“世界中の子供達に教育を”という壮大な夢が原動力となっているからなのです。(1)
大きな夢に向かって積極的に人生を作り上げていく過程では、周りのネガティブな意見や夢を阻もうとする出来事にも真っ向から立ち向かわねばなりません。マララも、2012年に中学校からの帰宅途中のスクールバスで、タリバンの男に頭と首に銃撃を受けたものの奇跡的に回復した後のインタビューで、「今回のことで何か変わったことはありますか」という質問に対して、次のように答えています。
「そのことで変わったことは何一つない。あるとすれば弱さと恐怖と絶望が消え、強さと力と勇気が生まれた。」(2)
ウォルト・ディズニーも、「人生で出会った逆境やトラブル、そして障害、そのすべてが、私を強くしてくれた」と述べているように、あきらめることさえしなければ、ひどい目に遭ったとしても、それは夢に近づくひとつのステップとなるのかもしれません。(3)
ウォルトは、親に認められなかったことや、ようやく軌道に乗りはじめた自分のキャラクターを企業の策略にはまって見捨てなければならなくなったことなど、数々の逆境を経験していますが、いつの時も画材を手に次へと歩みを進めており、その過程でミッキーマウスの製作にたどり着きました。
誰もが無理だというような大きな夢を掲げれば、そこには苦しみはつきものなのかもしれませんが、マララにとっても、度重なる妨害や弾圧などの逆境や恐怖との出会いが、強さや勇気の源泉となっているのかもしれません。
一生忘れられないような辛い出来事の後に、それがトラウマとなって心の傷となってしまうPTSD(心的外傷後ストレス障害)はよく知られていますが、それとともに、辛い体験によって人生の意味を深め、成長することができるという「PTG:ポスト・トラウマティック・グロース(外傷後成長)」も存在するといいます。
自身も交通事故による頸椎損傷で車いす生活を送る長崎ウエスレヤン大学の開浩一准教授は、苦しさと成長が混在する条件について、次のように語っています。
「簡単に乗り越えた人にはそれ(PTG)が生じにくい。つまり、その人の人生観が揺らぐかがとても重要なんです。」
開浩一准教授は、それほどの苦しみに出会った人は、傷が癒えたわけではなく、今でも非常に辛い思いを抱えているのだけれども、同時に人生の深まりも体験しているものなのだといいます。
孫正義も「自分の持った夢に、自分の人生はおおむね比例する結果を生む」と述べていますし、アメリカのタレント、レス・ブラウンも、「月を目指しなさい。たとえ月にたどり着けなくても、どこかの星には到達するだろう」と言い、夢を持つならできるだけ大きなものにするべきで、なぜならその人生でそこにたどり着けなくても、それまでの努力によって何か価値のあることを達成していることは間違いないからと述べています。
「自分は天才とは違う」、「失敗するのがオチだ」というマインドセットを捨てて、マララのように壮大な夢を掲げて、そこを目指して挑戦する人生も悪くはないでしょう。
たとえ「大きな夢」の描く場所にたどり着けなかったとしても、そこを目指し、挑戦したことに後悔はないはずですし、夢が大きいほど、その過程で様々な経験をすることができ、それは大きな財産となるのです。
1.タル・ベン・シャハー『Q・次の2つから生きたい人生を選びなさい ― ハーバードの人生を変える授業II』(大和書房、2013) p291
2.マララ・ユフスザイ、クリスティーナ・ラム『わたしはマララ: 教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女』(学研マーケティング、2013) p420
3.Alison Price, David Price『Introducing Psychology of Success: A Practical Guide』(Icon Books、2011) Kindle