フェイスブックCOO シェリル・サンドバーグ
毎日、5時半に退社します。
女性が組織の中でトップになることはまだまだ少なく、北欧などで女性が議会の45%を占める国もありますが、世界の190人の首脳のうち女性はたった9人、そして民間企業においても、世界の労働人口の40%は女性だというのに、トップに立つ女性は15%ほどしかいません。
こういった数字をみると、女性は男性よりも組織のトップになる機会が少ないようにも感じられますが、実際は女性自身が感じる「昇進」に対する心理的なプレッシャーが大きな要因でもあるようで、ビジネススクールのトップ校として知られるウォートン・スクールで副学部長を務めたことのあるディアドラ・ウッズ氏は、次のように述べています。
「女性は何においても、滑稽(こっけい)に見えるほどに準備しすぎる傾向がある。けれど、ある時期が来ると、準備しすぎることによって前に進めなくなる。それ以外にも存在するいろいろなチャンスも掴みにくくなってしまう。」
女性は現在の立場よりも上に行くことに対して、自分が適任者であるかどうかに必要以上にこだわってしまうようで、ヒューレット・パッカードが行った、「女性をもっと経営陣に入れるにはどうすべきか」というリサーチでは、女性たちが社内における昇進の機会に応じるのは、その職務に対して「100%資格がある」と思う時だけだったのに対し、男性はというと、自分がその職務に必要な能力の60%しか満たしていないと思っていても、喜んで昇進に応じていたことがわかりました。(1)
女性が設定する「100%資格がある」というハードルは、超えるのが不可能なくらい高い位置にあり、いつになっても自分はまだ十分ではないと感じて尻込みをしている間に、男性の同僚が一歩を踏み出していくことになるようで、その結果、トップには男性ばかりという状況が生まれ、女性にとってさらに一歩が踏み出しにくい状況を自らの手で作り出してしまっているといえます。
女性がこういった非の打ち所がないほどの「資格」を求めてしまうのは、女性はたいてい「尊敬されるよりも好かれたい傾向にある」ためで、高い地位につくよりも、他人の目に映る自分が嫌な人ではないかどうかというところを気にして、少しでも未熟な要素があるうちは、「立場をわきまえなければ」と考えてしまうのかもしれません。(2)
女性がトップにつくことを阻む障害は、女性が仕事を続けるために必要な制度の欠如など、社会が築いている外的な要因もありますが、フェイスブックの最高執行責任者を務めるシェリル・サンドバーグも、著書『リーン・イン』の中で、多くの女性は、「自分にはできない」と思い込むことや、「みんなから好かれたい」という願望による内なる壁を作ってしまっているといい、それが上に立つことを難しくているのだとして、次のように述べています。
「社会に築かれた自分の外の障壁に加えて、女性は自分の中にも行く手を阻まれている。(中略)女性が力を手にするためには、この内なる障壁を打破することが欠かせない。」(3)
カリフォルニア大学サンタバーバラ校の社会心理学者、ブレンダ・メイヤーは、様々なテストやタスクにおいて、男性は自分の能力とそれに伴う成果を過大評価し、女性は決まって過小評価することを発見しましたが、マンチェスター・ビジネススクールの行った調査でも、「自分にふさわしい収入はいくらだと思うか」と質問すると、男性は平均で年収8万ドルくらいが自分にふさわしいと考え、女性は6万4千ドルくらいだと考えているという結果になり、この数字からも、女性は自分の価値を男性が自分にあると考えている価値よりも、事実上20%低く見積もっていることがわかります。(4)(5)
脳科学のリサーチによると、女性のニューロン(神経細胞)が男性よりも30%多く活動していることによって、共感力、協調性、自制心というものが男性よりも強く、その反面、不安や落胆、考えすぎということも多くなり、「嫌われるのではないか」「成功する自信がない」という、女性の持つ内なる障壁となってしまい、能力やスキルの面では性差は関係ないのにもかかわらず、女性たちは昇進の打診や影響力のある仕事から遠ざかろうとしてしまうのです。(6)
前述のシェリル・サンドバーグも、組織のトップとしてフェイスブックに入社して半年後、マーク・ザッカーバーグに、「誰からも好かれようとするから思い切ったことができないのだ」と言われたといいますが、現在、女性社会の第一線で活躍する彼女でさえ、「誰からも好かれたい」という呪縛にとらわれ、内なる壁を作っていた一人でした。
サンドバーグは、ハーバード・ビジネススクールの一年次を終えた時に、成績優秀者に贈られる奨学金をもらうことができたその年の唯一の女性であったといいますが、男子生徒が周りに奨学金を獲得したことを誇らしく公言しているのを聞いている傍らで、親友以外には選出されたことを隠していたそうです。
成績優秀として選ばれるということは、その後の講義や学校生活において非常に有利になるのにもかかわらず、彼女は成績が良いことを周りに知られることは、女性としては「嫌われる」と感じて、周りに知られないようにしたのだと言いますが、シェリルは、この「嫌われたくない」という姿勢をフェイスブック入社後も持ち続けていて、自分の意見をなかなか言わずにいたところをマークに指摘され、次のように考え方を変えることができたのだと語っています。(7)
「何かを変えようとするとき、全員を満足させることはできない。全員を満足させようとしたら大したことは何もできない。」(8)
シェリルがその考えを実行に移した一例として、家族との時間を大事にするために、「毎日、5時半に退社します」と公けに発表しました。これは、同僚たちがどう思うかを気にかけて、なかなか言い出せなかったことでしたが、勇気を出して言ってしまえば、一部のメディアの「みんなそうしたくても現実は厳しい」という意見以外、多くのメディアからポジティブな反応が寄せられ、CNNはこの発言を「ブラボー!シェリル」と称え、次のようにコメントしています。
「フレックスタイムで働くことに付いてくる汚名やペナルティを解決しない限り、労働者はフレックスタイムの選択をすることを避けるでしょう。より多くの人がフレックスで働くことを求め、そういった働き方について考えを言うことを可能にするような重要な会話を、シェリルがスタートさせたのです。」
男性の場合、昇進してすぐ、次の昇進のチャンスについて考え始めると言いますが、女性も、今の自分よりも先にある「できるようになる自分」を見据えて、自分のやりたいことやアイデアを口に出していけば、今よりもっと自信のある女性が増え、周囲を気にせず前を向いて走ることができたり、思ったよりもついてきてくれる女性が出てきたりして、トップへと駆け上がる男女のスピードの差は、どんどん縮まっていくのではないでしょうか。
オードリー・ヘップバーンも、「チャンスなんて、そうたびたび巡ってくるものではないわ。だからいざ巡ってきたらとにかく自分のものにすることよ」と述べていますが、目の前のチャンスを自分のものにしなければ、その先にあるチャンスもまた、自分のものにならないのですから、明日めぐってくるかもしれないチャンスに備えて、自分の中にある壁は今すぐ壊しておく必要があるのかもしれません。(9)
1.クレア・シップマン、キャティー・ケイ『なぜ女は男のように自身を持てないのか』、CCCメディアハウス(2015)kindle版606p.75
2.同書 2103
3.クレア・シップマン、キャティー・ケイ『なぜ女は男のように自身を持てないのか』、CCCメディアハウス(2015)kindle版606p.75
4.クレア・シップマン、キャティー・ケイ『なぜ女は男のように自身を持てないのか』、CCCメディアハウス(2015)kindle版526
5.同書 kindle版476
6.同書kindle版2295
7.シェリル・サンドバーグ『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』、日本経済新聞出版社(2013)kindle版828
8.同書 kindle版1030
9.山口路子『オードリーヘップバーンという生き方』KADOKAWA / 中経出版 (2012) kindle版337