ジェーン・バーキン
私はラッキーだったの。いろいろなことが思うようにいかなくて、何か新しいものに変わっていったから。
エルメスの最も有名なバック「バーキン」は、イギリス出身でありながらフランスに活躍の場を移した女優、ジェーン・バーキンの名前が由来になっています。
偶然、飛行機でジェーンの隣の席に乗り合わせたエルメスの5代目社長、ジャン=ルイ・デュマ=エルメスが、ジェーンがボロボロのかばんを使っているのを見て、ジェーンにプレゼントするためのバッグを制作したことからエルメスの「バーキン」は誕生しました。
ジェーンは、巡り合わせを大事にしており、インタビューの中で何度も、「I was lucky(私はとても運がよいの)」 という言葉を口にしています。自分に訪れた運命を「運が良い」と感じられることは、人生の成功にとても意味があることなのかもしれません。
スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授は、キャリアや成功の8割は偶然訪れるため、その偶然性を計画することで成功に近づくという、「Planned Happenstance Theory(計画的偶発性理論)」を提唱しています。ジェーンは、その理論の柱となっている、好奇心、楽観性、冒険心、持続性、そして柔軟性、という5つの性質を、自分の気持ちの動きに正直であることで、無意識のうちに実践しているのかもしれません。
例えば、2011年の東日本大震災の際、日本に駐在していた多くの外国人が国外に転居していった中、ジェーンは、震災後1か月も経たないないうちに来日し、自ら募金箱を持って寄付を呼びかけ、チャリティーコンサートを行いました。
ジェーンは、その後も、2013年にも再び来日して支援を行うなど、被災地の人々を様々な形で応援しており、南三陸町で作られたブレスレットを常に身に着けているそうです。さらにパリのカフェでそのブレスレットの制作者とお茶をした際には、カフェの顧客に声をかけてプロジェクトの事を説明し、手元にあった30本のブレスレットを全て売り切ったエピソードも知られています。
有名になればなるほど、歳を重ねれば重ねるほど、自分の想いをそのまま行動に移す事が難しくなるように思われがちですが、彼女は今も昔も変わらずに、その時の自分の想いと行動を一致させています。
19歳で母親になり、39歳でおばあちゃんになって、その間に3度の結婚をしたジェーンですが、常に今の自分の気持ちに正直に生きている彼女の潔さからか、恋愛にも家庭にも暗さのようなものを感じさせるものはありません。
ジェーンはそれぞれのパートナーとの出会いによって新たな才能を開花させていき、その中で授かった子ども達とも、一週間何も話さない週はない、というほど親密な関係を築いており、子ども達自身も彼女の生き様にポジティブな影響を受け、写真家や女優として積極的に活動しています。
パナソニックの創業者である松下幸之助が、採用面接で「あなたは運が良いと思いますか?悪いと思いますか?」という質問をして、「運が悪い」と答えた人は不合格にしていた逸話がありますが、それは彼が偶然訪れる成功を手に入れるために楽観性が必要であることを経験的に熟知していたことに基づいています。
ジェーンバーキンと松下幸之助、時代も性別も人種も違いますが、楽観的な考え方で運命を開いてきた彼らの人生はどこか共通するものを感じます。それはジェーンが、日本人から「幸せになっても罰を受けることはない」と素直に今を楽しむ生き方を学んでいたこともあるかもしれません。
2012年に雑誌「Vogue」のインタビューで、当時65歳だったジェーンは「幸運」という言葉を5回も使い、次のように人生を振り返っています。
「私はラッキーだったの。いろいろなことが思うようにいかなくて、何か新しいものに変わっていったから。“面白い”と感じるようになると、人生は素晴らしく変わるのよ。」
「思い通りにいかない」出来事が起こったときに立ち止まるのではなく、ジェーンのようにその出来事を楽観的に捉え、新しく変わっていく流れを面白いと感じる事ができれば、物事はいずれ解決し、「ラッキー」な人生をもたらす事ができるかもしれません。