ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 3

マーガレット・サッチャー

懸命に働かずしてトップにたった人など私は1人も知りません。

2016/04/20

Illustrated by KIWABI - Margaret Hilda Thatcher

「鉄の女(Iron lady)」と呼ばれていた元英国首相のマーガレット・サッチャーは、2013年4月、エリザベス女王をはじめ多くの人々に見送られ、87歳でこの世を去りました。

サッチャーはイギリスの歴史上初にして唯一の女性首相として、11年半もの間、首相としての職務を全うしてきました。彼女が推進した公共事業の民営化や金融の規制緩和などによる「小さな政府」を目指した改革的な政治は、後に日本を始め先進各国の模範となりました。

サッチャーの急進的な政治方針は、野党からの反発も多く、汚い野次を飛ばされる事も度々ありましたが、「私は好かれるために政治をしているのではない、正しい事をするためにしているのだ」と批判を一蹴し、引退に追い込まれた際にも次のような言葉を残しました。

「今の道が正しい道で、この道を進み続ける。」

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↑王族以外では非常に稀な準国葬扱いとなったサッチャーの葬儀。(John Pannell)

サッチャーは、幼い頃から大人達に交ざり議論をしたり、大人向けの国際情勢についての講義に父親と参加するなど見識を深めてきました。また、ラジオで国王のスピーチに感銘を受けながら、知り合いのユダヤ人の苦しみを肌で感じていたように、世界という視点で多くの人の思想や考えに人一倍よく触れてきたことから、サッチャーの中に、個人の自立が国を支える「自由主義」というモットーが形成されていきました。

田舎の一般家庭の娘から首相になったように、自分を律する力があれば誰でも前進することができるという自由主義の考え方を自ら体現したサッチャーは、「正しい」と信じた政策を断固として押し進めました。

急進的な政策に戸惑った国民が風見鶏のようにコロコロと意見を変える中でサッチャーは、「イギリスは今、鉄の女を必要としているのです」とメディアに揶揄された自身のあだ名でさえも、自らの意志を表現する武器として戦略的に使っていたのです。

↑幼い時から議論好きで、国際情勢を肌で感じていたサッチャー。(ROBERT HUFFSTUTTER)

↑幼い時から議論好きで、国際情勢を肌で感じていたサッチャー。(ROBERT HUFFSTUTTER)

「ゆりかごから墓場まで」の高福祉制度に守られていた国民が、「イギリス病」とも呼ばれる一種の怠け病に陥っていたところから、いきなり「仕事が北にないなら南にいけ」というサッチャリズムに国民が変換を迫られたのは1980年代です。それから30年が過ぎた今、現代日本の大企業が直面していることもサッチャリズムに通じるところがあります。

2014年、日立が年功序列の賃金制度を廃止したことが話題になりましたが、パナソニックやソニーといった大手も日立に続いて廃止を検討しているとされています。これまで日本の終身雇用・年功序列制度で会社から“守られた”環境は次第に崩れてきています。

株式会社LINEの元CEOである森川亮氏は、「会社が大きくなり年功序列の賃金形態になったことで、それまで目をギラギラさせて働いていた人が牙を抜かれたようになってしまった」と、守られることによって人の労働意欲が低下している事を指摘しています

「努力をして社会に貢献している人が報われる世界が正しい世界である」と、サッチャーがどんな反発も跳ね返し貫いた信念の正当性は、時代と国境を越えて、これからの日本でも証明されて行くことでしょう。

↑「イギリス病と大企業病」日本がサッチャーから学ぶところは多くある。(Alberto Botella)

↑「イギリス病と大企業病」日本がサッチャーから学ぶところは多くある。(Alberto Botella)

サッチャー自身も首相を務めていた間、夜中の2時まで働き、朝は5時から身支度をはじめるというライフサイクルで周囲を驚かせていたといいます。この事からも英国首相として「正しい」道をつくるために妥協を許さず、人一倍努力することに重きを置いてきた姿勢が分かります。

また、10歳の頃、詩の朗読の演劇会で入賞した際、「運が良かったわね。」と褒めた校長に対して、「運がよかったのではありません。私は入賞して当然の努力をしたのです。」と言い返したそうです。サッチャーは自分を支えているものは努力の結果だと捉えており、次のようにも話しています。

「成功には素質も必要ですが、それでは十分ではないことを自覚して、努力しなくてはなりません。懸命に働かずしてトップにたった人など私は1人も知りません。」

↑双子の母親でもあるサッチャー。夫のサポートを受けながら全てに全力投球だった。(FotoFight)

↑双子の母親でもあるサッチャー。夫のサポートを受けながら全てに全力投球だった。(FotoFight)

サッチャーの揺るがない鉄の精神は、「正しい」と信じる理想を達成するために自らを律する心と、その心を支える果てしない努力から得た自信によって形作られています。

私たちは自分が正しいと思うことを達成するために努力をしているでしょうか。できない理由を誰かのせいにしたり、行動を起こすのを躊躇って誰かが解決してくれるのを待ってはいないでしょうか。

これらの問いに自信を持ってYESと言えるようになったとき、迷いや不満は消え、目の前に新たな可能性を切り開くことができるかもしれません。


参考資料:
【書籍】
マーガレットサッチャー 「鉄の女」と言われた信念の政治家(筑摩書房)
【ドキュメンタリー番組】
The Real Iron Lady (Brook Lapping 2013)
マーガレットサッチャー 裏切られた“鉄の女”(BS1)【映画】
The Iron Lady (2011)