ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 33

川久保玲

着づらい服ほどおもしろさがある。それでも努力して着てみた人は、新しい形のエネルギーとある種の強さを身につけることができるから。

2017/01/12

Illustrated by KIWABI - Rei Kawakubo

「全ての現代人はその影響下にある」と有名デザイナーのマーク・ジェイコブスが賛美を送り、世界中のデザイナーから賞賛され続けるファッションデザイナー 川久保玲は、70歳を超えた今も最前線を駆け抜けています。

川久保への賛美はファッション界に留まらず、川久保を崇める映画監督ジョン・ウォータースは「ファンション界の天才的独裁者」と彼女を評し、思想家の吉本隆明は、「掛値やエキゾチシズムの甘えなしに、数少ない「現在」の世界最高の作品」と彼女の作品を評しました

こうした多方面からの賞賛が示すのは、川久保の作品がファッションという分野を越え、現代を代表する革命的アートとして多くの人に影響を与えてきたことを意味します。

↑コムデギャルソンの創業者として、現在も会社の代表を務めるオーナーデザイナー。(Daniel Marchand)

↑コムデギャルソンの創業者として、現在も会社の代表を務めるオーナーデザイナー。(Daniel Marchand)

 「黒の衝撃」と表現された1981年のパリでの鮮烈なデビューは有名で、グラマラス、カラフル、フェミニンといった当時の流行から大きく外れ、ところどころに穴の開いた黒一色の衣装をモデル達に着せ、舞台に送りました。

これらの誰も目にしたことがなかったファッションデザインは、「広島シック」、「穴空きチーズセーター」など拒絶を含む強い反応で迎えられ、ファッション業界に全く新たな価値をもたらし、後に革命と称されました。

これまでの常識に捉われることを徹底的に拒み、自由で今まで見たことのないものを目指し続ける彼女の作品は、結果として連綿と続いた西洋のファッションの在り方自体を根本から覆し、その大胆さは時に「凶暴」とすら評されることもありました。

思想家の鷲田清一は、「川久保によって「破壊、解体、脱落」という新しい項目が新しい形の美意識としてファッションに加えられた」と語っています。

↑「破壊、解体、脱落」という新しい形のエレガンス。(kikasso)

↑「破壊、解体、脱落」という新しい形のエレガンス。(kikasso)

「ファッションは非常に退屈で、それに憤っていた。何かとてつもなく強いものを作りたかった。」と語る川久保は、通称「こぶドレス」と呼ばれ、一見奇怪とも言えるフォルムの作品を制作しました。

美しい身体とそれを際立たせる服飾というファッションの理想に反したこの「こぶドレス」は、前衛ダンスの振付師・マース・カニンガムを触発し、自作品の衣装を、川久保に一任する形でコラボレーションが実現しました。

同じく自由かつ非妥協的態度で有名なアイ・ウェイウェイとコラボレートした際に制作されたTシャツには、「創造は力だ。過去を拒み、現状を打破せよ。可能性を突き詰めよ。」というアイ・ウェイウェイの宣言が記されており、川久保のスタンスがよく現われている作品だと言えます。

↑振付師・マース・カニンガムともコラボレーション。(ho visto nina volare)

↑振付師・マース・カニンガムともコラボレーション。(ho visto nina volare)

ジェンダーすらも無効にしていくラディカルな彼女の作品は、女性達の考えを大きく揺さぶり、川久保が作りだすシルエットは「女性の体を誘惑の装置として」飾るものではまるでなく、逆にそうした意味をずらし、剥奪するようなものとして機能してきました。

ウェディングドレスに主眼を置いたコレクションで川久保は、「ライフスタイルは、決して結婚生活の形式に影響されてはいけない」とインタビューに応えていますが、そういった表現によって「フェミニスト」と呼ばれることには強い反発をしており、彼女がもっともタブーだとするところは、何かの尺度で規定、認識、理解されてしまい、自由がなくなることだと語りました。

「私はフェミニストではない。いかなるムーブメントにも興味はない。ただ、何かを創作することを中心に会社を起こし、その創作物を武器として、私が闘いたい対象と闘ってきただけだ。」

↑一番タブーなのは、何かの型にはまって、自由がなくなること。(PHOTO VANOVA)

↑一番タブーなのは、何かの型にはまって、自由がなくなること。(PHOTO VANOVA)

多くのファッション・ブランドは、デザイナーと経営、そしてマーケティングといったように内側と外側を分けていますが、「私がデザインしているのは服だけではなくて会社そのもの」と説明する川久保は、コム・デ・ギャルソンという会社自体も彼女の創作物と捉えているようです。

そうした川久保の信念は、服を消費してもらうことよりも、究極的にはメッセージを届けることにあり、ファスト・ファッションの権化とも言えるH&Mとコラボレーションした時にも 「より多くの人にメッセージが届く」という点に川久保の主眼は置かれていて、安価にコム・デ・ギャルソンを手に入れたとしても、そこにある川久保のメッセージは変わらず、着る人にある種のチャレンジを与え、簡単に消費されることを拒みます

「着辛い服ほどおもしろさがある。それでも努力して着てみた人は、新しい形のエネルギーとある種の強さを身につけることができるから。私はそういうきっかけを人々に与えたい。」

↑ファッションよりも、伝えるメッセージに焦点を置く。(Downtown2.WDC.11dec05)

↑ファッションよりも、伝えるメッセージに焦点を置く。(Downtown2.WDC.11dec05)

コム・デ・ギャルソンを身につけると、「自分で自分を規定しろ、抗え!尖れ!」と激を飛ばされているような気持ちになると語り、美大に通っていた頃から今までずっとコム・デ・ギャルソンのファンだという竹中直人氏も、コム・デ・ギャルソンの特集が組まれていた2012年「Pen 2/15号」で次のように述べています。

「いざという時、戦うときに着るといいのではないでしょうか?鎧を身に着けたときのようにずっしりとソウルを揺さぶられます!」

朝日新聞のインタビューで川久保は、「最近の人は強いもの、格好いいもの、新しいものはなくても、今をなんとなく過ごせればいい、と。情熱や興奮、怒り、現状を打ち破ろうという意欲が弱まってきている。そんな風潮に危惧を感じています」と話し、このままでは多様性がなくなり一色になっていくと、現代の若者に警笛を鳴らしています。

↑コム・デ・ギャルソン「戦うときに着る服。」(Luizzitos)

↑コム・デ・ギャルソン「戦うときに着る服。」(Luizzitos)

混乱を極める世の中にあっては、付和雷同の合意形成に無反省に参加するのではなく、あなたがあなたらしく自信を持って自由に振る舞うことが一つのメッセージとして意味を持ちます。コム・デ・ギャルソンを身に着けることは、そのきっかけに学ぶ一つの手段といえるでしょう。

川久保が「孤高の狼」のイメージを愛していたように、人と違うということは恐怖ではなく、それが自信に繋げることができれば、それこそエネルギーに溢れた自由を謳歌できるかもしれません。