ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 75

安藤百福

衣食住というが、食がなければ衣も住も芸術も文化もあったものではない

2017/12/14

Illustrated by KIWABI - Momofuku Ando

安藤百福は「誰もやったことのない新しいことをやりたい」という強い思いを持った実業家で、世界初のインスタントラーメンである「チキンラーメン」を発明して日清食品を創業した人物です。

第二次世界大戦の終戦から1年あまり経っても、街に溢れているお腹を空かせた人たちと飢餓や栄養失調で亡くなる人々を目の当たりした安藤は、それまでの繊維業や炭焼き事業、製塩といったビジネスではなく「食」についての事業を起こすことを決意します。

安藤は「衣食住というが、食がなければ衣も住も芸術も文化もあったものではない」と考えると、戦後の闇市で見たラーメン屋台の行列からヒントを得て、外で食べるのが当たり前だったラーメンをなんとか家で食べられないかと考えたのでした。(1)

パンのようにラーメンだって家で気軽に食べられるはず

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50に近い歳で安藤は自宅の裏庭に小屋を立てると、製麺機や小麦粉をかき集めるために大阪中を走り回っては、哀れみや同情の目で見られるのも気にもとめずにラーメンの研究に明け暮れます。

家でも簡単に調理が行えるようにするために、麺を燻製にしたり、塩漬けにしてみたりと様々な方法を試す中で、妻の揚げた天ぷらを見た安藤は、小麦粉が油で揚げると水分が飛ぶことに気づくと、連日4時間ほどしか眠らずに休みなくひたすら実験を繰り返しました。

そうして1年以上研究を続けた安藤は、ついに高温で蒸した麺にスープをかけて味付けし、それを油で揚げて乾燥させるという方法で世界で初めてとなる即席ラーメンを作ることに成功したのです。

何かを成し遂げるためには信念を貫くしかない

↑何かを成し遂げるためには信念を貫くしかない(リンク

古代の中国では医師の中でも王様の食べる食事のバランスや味の組み合わせを管理する「食医」というのが最上位に存在したといいますが、”食べること”というのは人が生きていくためにそれだけ重要なことなのです。(2)

高齢者に「どこで最後を迎えたいか」という質問をすると、8割が自宅と回答するそうですが、一度病院や施設に入った後に再び家に戻れるか戻れないかを分けるのは「ちゃんと食事ができるか」ということだそうで、きちんと自分でご飯を食べられるようになると、顔の筋肉が活性化して喋ったり笑ったりすることもできるようになるそうです。(3)

お年寄りの楽しみは食べることであったり、寝たきりの病人であっても美味しそうに食べ、元気に喋り、楽しそうに笑っている姿を見ると不思議と健康であるように見えることから考えると、安藤の食こそが原点であるという考えは間違っていないように思います。(4)

食べることは人として生命の根源に関わる行為

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今では世界で年間1,000億食以上消費されているインスタントラーメンの生みの親となった安藤ですが、第二次世界大戦後、製塩や漁業、栄養食品などの食品加工業で成功していた頃には、人に騙されて小さな家を除くすべての財産を失ったこともありました。

「食がすべての人間活動の原点である 」という気づきを得たことで、起業家としての息を吹き返した安藤の開発したチキンラーメンは、おいしくて値段が安く、簡単に調理できて保存も利く大発明で、初めて行った試食販売では500食が飛ぶように売れて行ったといいます。(5)

あっという間に口コミで評判が広まったチキンラーメンは1ヶ月足らずで注文が殺到する状態になると、安藤はすぐに大量生産体制を準備し、その会社を「日清食品」と名付けることにしました。

お金は失ってしまうこともあるが、情熱は尽きることなく湧いてくる

↑お金は失ってしまうこともあるが、情熱は尽きることなく湧いてくる(リンク

「フォーブス」のシンガポール長者番付で40位以内に入るインド系移民の大富豪は「もし、あなたが事業に失敗したら、どうしますか?」と聞かれた時に「その時はインドに帰って畑でも耕すさ。それなら食べるには困らないだろ?」と返事をしたのだそうです。(6)

神奈川県藤沢市でホームレスの人に農業を教えながら農園を営む小島希世子さんは、農業のいいところはお金がなくても自分で作った野菜を食べられるだけでなく、自然の中で身体を動かすことで心身ともに健康になれることだといいます。(7)

それだけでなく、自分で野菜を作ることで食べる人にも喜んでもらえて、しかもそれは一生続けていくことができると語っていますから、農業というのは今の時代の私たちが便利さばかり追い求める結果、失ってしまっているものを満たしてくれる仕事なのかもしれません。

もし失敗してしまったら畑を耕したっていいじゃないか

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インスタントラーメン誕生25周年を振り返った時安藤は、「食が足りてこそ人は安らかになる。食が足りないと争いが絶えない。それに携わる人は平和の使者である」という自身の思いを「食足世平(しょくそくせへい)」の4文字で表しました。(8)

失敗してもまっすぐ一筋に食と向き合い続け、「食に携わる仕事は聖なる仕事である」と突き抜けるまで食について考え抜いた安藤の姿は、ついついないがしろになってしまいがちな食の重要性を改めて認識させてくれるとともに、再スタートを切るのには何歳になっても遅すぎるということはないのだと私たちに教えてくれているような気がします。

参考書籍
1. 安藤百福発明記念館 「転んでもただでは起きるな!定本・安藤百福 」 (2013年、中央文庫) P30
2. 塩田芳享「口腔医療革命 食べる力」 (2017年、文春新書) Kindle 1225
3. 塩田芳享「口腔医療革命 食べる力」 (2017年、文春新書) Kindle 1740-1752
4. 塩田芳享「口腔医療革命 食べる力」 (2017年、文春新書) Kindle 1762-1775
5. 佐藤光浩「遅咲きの成功者に学ぶ逆転の法則」(2016年、文響社) Kindle 440
6. サチン・チョードリー「頭で考える前にやってみた人がうまくいく」(2016年、フォレスト出版) Kindle 706
7. 小島希世子 「ホームレス農園: 命をつなぐ「農」を作る! 若き女性起業家の挑戦」 (2014年、河出書房新社) P31-42
8. 安藤百福発明記念館 「転んでもただでは起きるな!定本・安藤百福 」 (2013年、中央文庫) P98-99