ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 65

挫折しても立ち直る不屈の研究者、山中伸弥

悪いときは必ずいいことがあります。いいことがある一歩手前です。かがむとジャンプできます。

2017/10/06

Illustrated by KIWABI - Shinya Yamanaka

成熟した細胞を多能性を持つ細胞へと初期化できることを発見した研究が評価され、2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学 iPS細胞研究所長 山中伸弥は、受賞の報を受けての会見で次のように述べました。

「さらにこれから研究を続け、一日でも早く医学に応用しなければならないという気持ちでいっぱいだ。」

人生をかけて研究を行ってきた山中ですが、研究者として花開くまでには度重なる挫折やうつ病を乗り越えていて、整形外科医としての研修をしていた頃は、担当教授から「ジャマナカ」とあだ名がついてしまうほど、手術の作業が遅かったそうです。

新しい医療を確立するため日夜研究を行っている

↑新しい医療を確立するため日夜研究を行っている(リンク

不器用だったことに加え、臨床医として治療が不可能な状態である患者や、研修医となって2ヶ月後に肝炎が原因で亡くなってしまった父親の姿を目の当たりにしたことで、山中は「今の医学では治すことができない怪我や病気の患者さんをいつか治せるようになりたい」と、研究者を志すようになりました。(1)

アメリカで研究者としての修行を積み始めた山中は、仮説通りになかなか結果のでない研究の面白さに魅了され、研究に力を入れていましたが、家族のことを考え、研究拠点をアメリカから日本に移すことになります。

すると、研究者の待遇や立場、研究に対するあまりの勝手の違いからうつ病を患ってしまい、整形外科医に戻る決心をする一歩手前まで追い詰められたそうです。

今は助けられないかもしれないが、治療方法を研究して必ず助ける

↑今は助けられないかもしれないが、治療方法を研究して必ず助ける(リンク

そんな折に、ES細胞と呼ばれる自己複製や皮膚、臓器の元となる細胞が、人体への実用化に向けて注目され始め、奈良先端科学技術学院大学の准教授となることができた山中は、研究者の道は閉ざされずに済んだものの、当時ES細胞を使った治療には、倫理的な問題や拒絶反応を起こす可能性があるといった問題がありました。

そこで山中は、患者の皮膚の細胞を使ってES細胞を作れば問題は解決されるのではないかと、奈良先端科学技術学院大学での研究のビジョンとして、「人間の皮膚細胞を初期化してES細胞を作る」つまり、様々な情報が蓄積した細胞をまっさらな状態である受精卵に近い状態にもどすということを掲げ、研究をスタートさせます。

このように、研究者として自分の研究室を持ち、ビジョンを掲げて研究を始めることができたことが、iPS細胞に出会えるきっかけを掴むことになり、この時の経験を振り返って山中は、次のように述べました。(2)

「悪いときは必ずいいことがあります。いいことがある一歩手前です。かがむとジャンプできます。そうでしょう。いい時は用心しましょう。何か悪いことがあるかもしれません。先生に褒められているときは用心しましょう、家に帰ったらお母さんに怒られるかもしれません。そんな風に一喜一憂しないということがとっても大切だと思います。」

このことは、山中の人生を語るうえでは重要で、良いことが起きたとしても、決して調子に乗らず、常に自分の掲げた目的に向かって突き進みました。

挫折はいいことが起こる前兆だと思って、常に平常心を保つことが大切

↑挫折はいいことが起こる前兆だと思って、常に平常心を保つことが大切(リンク

iPS細胞の研究は実用化に向けて一歩一歩確実に前に進んでいて、2017年には目の重い病気を患う患者へ、iPS細胞でできた網膜細胞を移植を行う臨床実験を開始しています。

iPS細胞を発見したことに関して山中は「研究者として非常に幸運であったと思います。そのぶん、非常に重い責任を感じています」と述べる一方で、他人から頼まれて行っている事ではなく、自分が目指していることを追及しているため、不思議とプレッシャーはないのだと言いました。(3)

また、治療ができずに苦しんでいる患者と触れ合うと、なんのために研究をしているのか再確認をすることができ、この研究を待っている人のために頑張らなければいけないと感じるのだそうです。(4)

山中伸弥「研究者として非常に幸運であったと思います。そのぶん、非常に重い責任を感じています。」

↑山中伸弥「研究者として非常に幸運であったと思います。そのぶん、非常に重い責任を感じています。」(リンク

京セラの創業者である稲盛和夫氏は自身の人生を振り返って「ありがたいことに、人生の節目節目に、必ず引き上げてくれる人がいる」と、述べているように、山中自身も研究者としてやってこれたのは、稲盛氏と同じように、挫折した時に立ち直る出来事が起きたり、手を差し伸べてくれる人が現れたからです。(5)

自分自身の身に起きている辛いことや、悲しいことは、この先に手に入れることができるチャンスや幸せへの準備段階だと思うことができれば、何が起ころうとも一喜一憂せず、余裕を持って人生を過ごすことができるのではないでしょうか。

参考書籍
1. 山中伸弥 他「僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう」 (文春新書,2017) kindle163
2. 山中伸弥 稲盛和夫「賢くいきるより、辛抱強いバカになれ」( 朝日新聞出版,2014) kindle1028
3. 山中伸弥 稲盛和夫「賢くいきるより、辛抱強いバカになれ」( 朝日新聞出版,2014) kindle 1541
4. 山中伸弥 緑慎也「山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた」 (講談社,2012) kindle1623
5. 山中伸弥 稲盛和夫「賢くいきるより、辛抱強いバカになれ」( 朝日新聞出版,2014) kindle 678