ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 63

忌野清志郎

日本のロックや歌の世界はあまりに内容がない気がしてさ。その辺の苛立ちはすごくありましたね。

2017/09/21

Illustrated by KIWABI - Kiyoshiro Imawano

ロックミュージシャンとして“キング・オブ・ロック”とも呼ばれた忌野清志郎は、生放送の音楽番組でFM東京をこき下ろす歌を歌い、レコード会社の反対を押し切って原発反対の曲をリリースし、パンク調の国歌「君が代」をインディーズからリリースするなどまさにロックな生涯を送りました。

彼は、若い世代のロックには、ロックにもともと込められていた反戦意識のような体制なり政府なりに逆らってやるという気概が失われてしまっていると語りました。(1) 

清志郎がデビューしたての頃は、多くのアーティストが反戦歌を歌い、「ベトナム戦争についてどう思いますか?」などと質問されたそうですが、今ではそういった発言は完全にタブーになってしまい、そればっかり扱うというのは極端だけれど、いろんな質問や発言の中にそういうジャンルがあったっていいんじゃないかと清志郎は考えていたようです。(2)

反戦歌はブームになったけれど、戦争が終わるよりも先に消えていった

↑反戦歌はブームになったけれど、戦争が終わるよりも先に消えていった(リンク

バンド活動を始めた時から、完全にオリジナルの曲しか演奏しなかったという清志郎は、誰か有名な人の曲を歌うんじゃなくて、本当に聞いて欲しい曲、聴かせたいものがあるのかということが一番重要なのだと考え、「もっと普段喋っていることを歌っちゃえばいいんだ」と述べています。(4)

清志郎は英語を学びイギリスを直接訪れるなどするなかで、日本のロックには個々の強い主張がないことを思い知らされ、もっとたくさんいろんな内容のことを歌っていいはずだというメッセージを込めて、核問題を扱った「Love Me Tender」や原子力発電について歌った「Summertime Blues」などの洋楽をオリジナルの日本語訳でカバーしたアルバム「COVERS」を1988年に発表しました。

誰かの真似をするよりも、本当に自分の言いたいことに向き合うほうがよっぽど素晴らしい

↑誰かの真似をするよりも、本当に自分の言いたいことに向き合うほうがよっぽど素晴らしい(リンク

28歳という若さでマサチューセッツ工科大学の助教授になった“スプツニ子”こと尾崎マリサさんは、学生時代に文系科目として唯一受けた作曲のクラスで、なんでもありの自由な歌詞をつけて「チューインガムを噛むのがやめられないうた」や「ロンドンが曇ってイライラするうた」という歌を作ったことにより、自分なりの思想やメッセージを形にするためのツールを手に入れることができたと語っています。(5)

また、34歳で初めてビルボード全米6位にランクインし、日本でも話題の歌手レイチェル・プラッテンは、10年を超える長い下積み生活の中で感じた自分の苦しみや挫折を歌にすることにずっと抵抗を感じていたそうですが、思い切ってそういった経験を書いた「Fight Song」が大ヒットしたことで、自分をさらけだすことの重要さに気付いたと言います。

レイチェル「自分に正直でいること、心の内をそのまま表現することね」

↑レイチェル「自分に正直でいること、心の内をそのまま表現することね」(リンク

個を大切にするフランスでは個人の意見を述べることが義務のように捉えられている風潮があり、エジプト出身のタレントのフィフィも、ブログやツイッターなどで個人として発言することをとても大切にしているそうです。

そしてフィフィは、テレビもラジオも新聞もお金が絡むことで本音の表現ができなくなる可能性があるけれど、自分の言葉で時間を割いて発信するからこそ歯に衣着せぬ発言ができるのだとコメントしています。(6)

国際化が進み、かつてないほどに価値観が多様化している今、安倍首相の発言で注目された“忖度”という表現が象徴するような物事をはっきり言わずに婉曲的に表現する日本的コミュニケーションだけで通用するかと言われれば答えはノーで、自分で主張するという能力を伸ばしていくことがとても重要なのではないでしょうか。(7)

言葉に出さずに態度だけで理解してもらえる時代はとっくの昔に終わった

↑言葉に出さずに態度だけで理解してもらえる時代はとっくの昔に終わった(リンク

哲学者の鷲田清一さんによると、世の中にいる大半の人というのは、みんなとほとんど同じだけれど、まったく同じではなくてちょっとだけ違うのがいいという人たちなんだそうです。(8)

そう考えると突拍子もないことを言う人が、多くの人の目に入るようになることで彼らに呼応するように、それまでとはちょっとだけ違う選択をしようとする人が増えて、社会というのは少しずつ変化していくのかもしれません。

清志郎は「もっと普段喋っていることを歌っちゃえばいいんだ」と言いましたが、彼のようなシンガーソングライターでなくとも、自分の思っていることを周りの人に伝えることの大切さを清志郎の生き様から感じ取った日本人は少なくないのではないでしょうか?(9)

参考書籍
1. 渋谷陽一 「ROCKIN’ ON JAPAN 特別号 忌野清志郎1951-2009」 (大日本印刷、2009年) 62ページ
2. 忌野清志郎 「ロックで独立する方法」 (太田出版、2009年) 127ページ
3. 佐々木敦 「ニッポンの音楽」 (講談社現代新書) Kindle No.165-169
4. 忌野清志郎 「ロックで独立する方法」 (太田出版、2009年) 23ページ
5. スプツニ子! 「はみだす力」 (宝島社、2013年) 82,83ページ
6. フィフィ 「おかしいことを「おかしい」と言えない日本という社会」 (祥伝社、2013年) 36ページ
7. 谷川彰英 「国際理解教育と国際交流ーコミュニケーション能力を育てる」 (国土社、1996年) 27ページ
8. 鷲田清一 「てつがくを着て、まちを歩こうーファッション考現学」 (ちくま学芸文庫、2000年) Kindle No.106-107
9. 渋谷陽一 「ROCKIN’ ON JAPAN 特別号 忌野清志郎1951-2009」 (大日本印刷、2009年) 62ページ