ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 54

シンディ・ローパー

重要なのは最終結果 ― それは楽しめるのか?っていう。わけ隔てなく仲間意識を持ち、世の中を巻き込み、楽しむことが大事。

2017/06/08

Illustrated by KIWABI - Cyndi Lauper

2011年3月4日のブエノスアイレス空港では、フライトの遅延や欠航に対する抗議が殺到していて、足止めをくらった乗客たちは怒り狂っていました。そんな中、同じように足止めされていた歌手のシンディ・ローパーはいきなり、空港アナウンスのマイクをひっつかむと、大ヒット曲である「Girls Just Wanna Have Fun」を歌い出したのです。

突然始まった大スターのゲリラライブに、その場に居あわせた乗客や乗組員は大喜びで、抗議をしていたことなど忘れてシンディと一緒に大合唱を始め、空港には歓喜の笑顔が溢れました。常に観客と一緒に楽しむことを大切にしているシンディだからこそ、できたパフォーマンスではないでしょうか。

↑「彼らを夢中にさせるまで働きかけ続けるの。たとえ観客の中まで出ていって、彼らの椅子に座らなきゃならなくてもね。」(リンク)

↑「彼らを夢中にさせるまで働きかけ続けるの。たとえ観客の中まで出ていって、彼らの椅子に座らなきゃならなくてもね。」(リンク)

シンディがメインストリームに入ってきたのは、31歳の時にリリースした「Girls Just  Wanna Have Fun」が全米ヒットチャートで第2位に輝いた時で、続いてリリースした「Time After Time」や「She Bop」もトップ5入りを果たし、少々遅咲きながらも一気にスターダムを駆け上りました。

まだ売れていない20代の頃は、その奇抜なファッションで周りから一歩引いた目で見られていましたが、有名になると周囲の反応は変化するもので、彼女のメイクや上唇をめくりあげ四角く口をあける笑い方は「ハリウッドメイク」、「ハリウッドスマイル」と称えられるようになりました。

↑「楽しむ」ことが女の子たちが求める全て(リンク)

↑「楽しむ」ことが女の子たちが求める全て(リンク)

実は、シンディはヒットのきっかけである「Girls Just Wanna Have Fun」を歌うことをはじめは乗り気ではなかったといいます。女性にとって、男尊女卑のような保守的な考えや、家族からのプレッシャーがどんなに障害となっているのかについて歌っていているその曲は、女性であったがために実現できなかった夢を持つ彼女の叔母や祖母、それから不当な扱いを受けている全ての女性に悲しい思いをさせると考えたからです。

しかし彼女はその歌が社会での女性の扱いを変えられるのではないかと考え直したときに、祖母や叔母、母親のためにも、世界中のいろんな色の肌の女の子のためのアンサム(テーマソング)を作るんだと次のように決心しました。

「私は夢や喜びを抹殺されたあらゆる惨めな弱者のために、何としてもそれ(弱者の立場を変えること)を実現させよう。」(1)

そして、プロモーションビデオの制作には、友達やその場にいるメークアップアーティストなどのスタッフ、しまいには実の母親までもビデオに出演させ、小道具や衣装も日頃自分がよく通っている洋服店に協力してもらったといいます。(2)

↑誰もが受け入れられる社会に(リンク)

↑誰もが受け入れられる社会に(リンク)

若かりし頃のスティーブ・ジョブズは、自分の意見に反対してくる部下を解雇したりとあまりに傲慢になりすぎて自分が立ち上げた会社から解雇されてしまいましたし、人というものは世間に注目されると、自分は他とは違った特別な人間なんだと考え、他人と協力するのではなく、「すべて自分か、もしくはすべて彼ら」といった視点で物事を捉えるようになってしまいがちです。

しかしシンディは、「重要なのはすべて自分でもすべて彼らでもなくて、“私たち”」であるとして、様々な周りの人を作品に巻き込み、丸一日かけた撮影はまるでホームビデオを作っているようで、その終わりにはパーティーみたいだったと、次のように語っています。

「重要なのは最終結果 ― それは楽しめるのか?っていう。わけ隔てなく仲間意識を持ち、世の中を巻き込み、楽しむことが大事。」

↑自分次第で何でも楽しむことができる (リンク)

↑自分次第で何でも楽しむことができる (リンク)

絵本作家として第一線で活躍するという異色の芸人であるキングコングの西野亮廣は、キャラクターを作って、絵を描いて、物語を書いてと、様々な技術を使う絵本制作が多くのケースで未だに一人の作家の手によって行われていることに疑問を持ちました。

「1人で作った方が目的に近づけるならば一人で作るし、100人で作った方が目的に近づけるならば100人で作る」と彼は語り、2016年に彼が出版した「煙突山のプペル」は、絵本では異例の完全分業制、総勢33人のクリエーターの手で作られ、累計25万部以上のメガヒットを打ち出したのです。

↑それぞれが得意なことを持ち寄れば、今まで見たことのない最高のものが出来上がる (リンク)

↑それぞれが得意なことを持ち寄れば、今まで見たことのない最高のものが出来上がる (リンク)

また、”世界の恥”と多くの非難を集めたゴミが散らばるハロウィン翌日の渋谷を変えるために、西野亮廣は「渋谷ハロウィンゴーストバスターズ」というイベントを開催し、老若男女様々な参加者がゴーストバスターズのコスプレをして、楽しみながらゴミを拾いました。

その結果、その1年のうちで渋谷が一番綺麗だったのはハロウィンの翌日だと、2015年の年終わりに報道されたそうです。(3)

このイベントが成功した背景には、拾ったゴミを使い「ゴミの木」というアート作品を作ろうという考え方があったといい、ボランティアで良いことをしようとするのではなく、あくまで遊んだ結果良い行いになっていることが大事だと強調し、西野亮廣はこの活動の落とし所を次のように述べました。

「何年後かになるかわからないけど、毎年作っている『ゴミの木』が、いつか、『今年は(ゴミが)足りなかったので木が枯れている』となれば物語として素晴らしい。」

↑良い行いだからやるんではなくて、楽しいからやる (リンク)

↑良い行いだからやるんではなくて、楽しいからやる (リンク)

幼い頃、ラジオから流れてくる様々な曲に合わせて歌っていたシンディは、もし自分がツアーをやることになったら、色んなジャンルを全てまぜこぜにしようと思い描いていたそうです。

そして今、大人も子供も、ゲイもトランスジェンダーも、白人も黒人もラテンアメリカ系もアジア系も、誰も彼も巻き込んでいることにとても満足しているそうで、グラミー賞を受賞した「True Colors」は、歌詞の内容とシンディ自身のそういったオープンな人柄からか、LGBT問題をとりあげた社会運動のイメージソングとなり、発売後30年以上立っているのにもかかわらず、多くの人に愛されています。(4)

↑人種も性別も関係なくみんなごちゃまぜで楽しみたい (リンク)

↑人種も性別も関係なくみんなごちゃまぜで楽しみたい (リンク)

シンディや他の芸能人の人生はクレイジーで映画みたいだと、テレビの前に座っている私たちは少し羨ましく思ってしまうこともありますが、それは彼女たちの周りでそういったことが起きているのではなく、前述したブエノスアイレス空港でのゲリラライブのように彼女たちが物事を起こして、誰彼構わず周りを巻き込んでしまった結果なのです。

私たちも、何か面白いことが起きるのをただ座って待っているのではなく、自分から何か始めて思いっきり楽しんでみる、そして周りの人も巻き込んでしまう、それが充実した人生を送るための秘訣なのではないでしょうか。

 

参考書籍
1.シンディ・ローパー 「トゥルーカラーズ〜シンディ・ローパー自伝」(2013年、白夜書房) p22
2.シンディ・ローパー 「トゥルーカラーズ〜シンディ・ローパー自伝」(2013年、白夜書房) p135-149
3.西野亮廣「魔法のコンパス 道無き道の歩き方」 (2016年、朝日メディアインターナショナル株式会社) p63-69
4.シンディ・ローパー 「トゥルーカラーズ〜シンディ・ローパー自伝」 (2013年、白夜書房) p301-328