ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 50

漫画家、ヤマザキマリ

もうだめだと追い込まれた時こそ、世界に向かってもっと自分を開いていったほうがいい。

2017/05/11

Illustrated by KIWABI - Mari Yamazaki

不況続きの日本で幼少期を過ごした「ゆとり世代」。平成の不況しか知らず、ソーシャルメディアが急激に浸透した世界で育ったことで、常に広い大きなコミュニティーと繋がり、他者の意見に逆わずに同調性を重んじて、世の中の全てを悟りきったかの現実主義者であることから「さとり世代」とも呼ばれているそうです。

他の世代に比べて比較的「欲」が少ないとも言いますが、平成25年度に内閣府が行った若者の意識に関する調査では、日本の若者の半数以上が自分自身に満足していないと答えています。実際、1日のうちネット上で長時間過ごす若者はどんどん閉鎖的になり、投稿前に何度も修正をかけられ出来上がった完璧な顔や体型、持ち物、そして、ライフスタイルのイメージばかりを目にし、かたよった理想像だけが豊富に増えていけば、自分に満足して生きていくのがますます難しくなっていくことでしょう。

↑SNSを通じて、どんどん現実の自分から離れていく (リンク)

↑SNSを通じて、どんどん現実の自分から離れていく (リンク)

そういった現代人の生き方に対して、「テルマエ・ロマエ」や「スティーブ・ジョブズ」などの代表作を持つ、漫画家のヤマザキマリは、不安要素のない慣れたネット上からすこし離れて、現実という自身の枠の外に出てみないと、偏った価値観の中で生きていることには気づけないだろうと言います。(1)

世界7ヵ国の3,700世帯以上の家庭を対象としたあるアンケートで「子供が答えやアドバイスを求める際に、まず親でなくインターネットに頼る事を好む」と23%の親が答えています。実際、日本人は平均して1日のうちインターネットを219分使用しているという博報堂DYHDの調査結果からも分かるように、私たちの多くは、自分の頭で考える事よりも、毎日情報から答えを見つけ出す事に精を出していることが見受けられます。

↑現代の子供はどれだけ狭い世界で生きているかを、再度自覚しなければならない (リンク)

↑現代の子供はどれだけ狭い世界で生きているかを、再度自覚しなければならない (U.S.Army)

表面上では一見、インターネット上の世界は偏っていない広い情報を提供しているかのようにみえますが、ネット活動家のエリ・パライザー氏はネットの情報を提供するグーグル、フェイスブック、そしてヤフーなどのプラットフォームは、自動的にユーザーに合った情報をカスタマイズするようになっていて、私たちが検索をして得る情報は、オートフィルターにかけられて届くと指摘しています。

これによって、自分の好みの傾向から自動的にフィルターにかかった情報世界ができあがるため、無限に広がる情報社会のように感じても、実はネット上の「囲まれた世界」は自分が見たい情報だけを見せてくれる偏った世界となってしまっているようです。

↑答えは現実世界ではなく、偏った情報が浮遊する仮想世界の中にあるのか (リンク)

↑答えは現実世界ではなく、偏った情報が浮遊する仮想世界の中にあるのか (リンク)

実際、偏った世界が私たちに及ぼす影響は想像以上に大きいようで、アメリカの13-17歳を対象とした調査では、半分以上の子供達がオンラインを通して友達を作った事があり、そしてその多くは実際にリアルな世界での友人関係を築いていく事がないという結果をみても、心地の良い狭い囲いの中から出ようとしないようです。

また、対象者の約半数が友達と毎日メールでやりとりをしており、友達と直接会ってコミュニケーションをとっているのはたった25%という状況です。私たちの多くは、主にオンライン上で形成された不安要素のない行動範囲から抜け出し、ゼロから自分で何かに挑戦し、自分の考えを自分の言葉でアウトプットして失敗する事をどこかで恐れているようで、臨床心理学者で精神分析家のシェリー・タークル氏は以下のように分析しています。

「現代の子供達はいつでも修正することのできるオンライン上でのコミュニケーションに慣れっこで、リアルタイムの修正がきかない会話をすることに対して不安を感じている。」

↑子供の中にあるほとんどのイメージが、オンライン上の自分の好きな情報だけを集めて形成されたものである (リンク)

↑子供の中にあるほとんどのイメージが、オンライン上の自分の好きな情報だけを集めて形成されたものである (Paul Inkles)

そんな現代の子供の環境とは打って変わってネットがない時代に幼少期を過ごしたヤマザキマリは、学校で「禁止ゾーン」とされている川へ友達と毎日行って遊ぶ野生児だったようで、怒られて、またやって怒られてを繰り返しながらも、世間の常識の枠を外すたびにエネルギーが増幅していったといいます。

渡り鳥のように国も国境もない生き方を夢見て、自然の中で思いっきり育った彼女は、地球の中で自分もいち動物として生かしてもらっているという考えから、他の動物や虫、魚に対しても自然界で共存する仲間意識を強く抱き、その大きな視野で見ることを教えてくれた自然は、狭い人間界の見栄の張り合いや、人と違っているポイントを恥じらうことなどを取り除いてくれたと言います。(2)

↑新しいものへの恐怖感よりも、子供特有の好奇心が勝っていた (リンク)

↑新しいものへの恐怖感よりも、子供特有の好奇心が勝っていた (greg westfall)

そんな彼女は14歳の時、急用で行けなくなった母の代わりに、ひとりではっきりとした予定がないヨーロッパ旅行に発つ事になり、言葉も通じず慣れない土地で大きな壁にぶち当たった経験をしたと言います。

今まで受け身で狭い世界しか知らなかった14歳の少女が、旅の途中に異国の土地でオーバーブッキングを理由にホテルを追い出され、極寒の中で路頭に迷い野垂れ死にそうになったり、ひとりっきりでフランスからドイツへ言葉もわからずに移動する時も、彼女はすごく怖くて誰を信じ、どう助けを待てばいいかわかりませんでした。

↑14歳の異国への一人旅は、想像を絶するほどの恐怖 (リンク)

↑14歳の異国への一人旅は、想像を絶するほどの恐怖 (リンク)

しかしその時、自分の目で見て感じ、物事を吟味し、そこで生まれた思いや考えを口にだしてコミュニケーションをとる事を強制させられたことで、自分の求めていた助けは、日本にいる母や、街の優しい誰かから来るものではなく、自分の内面から生み出すものだということに気づいたと言い、その小さな気づきが、自身の殻から抜け出すきっかけとなったようです。

それがたとえ苦い経験だったとしても、「自分でなんとかするしかない」とマインドセットさえすれば、意外と頼り甲斐のある自分を発見し、困難な時に自身を信じてあげる事の大切さを学び、自らの内面の成長へと繋がったと語っています。

↑結局、すべての答えは自分自身の内面にある (リンク)

↑結局、すべての答えは自分自身の内面にある (リンク)

アメリカのある研究で2つのグループに分けられた小学3年生が算数の文章問題を解く実験で、Aグループは、ただ頭の中で静かに考える方法で問題を解き、Bグループは体を動かし問題文に出てくる登場人物になりきり演じるようにしながら問題を解くという形で実験が行われました。

その結果、後者のグループの方が正解者が多く、体を動かして既に解き方を学んだBグループがのちに座った状態で同類の問題を解いても、正解率は変わらず高かった事を受け、専門家は体を動かす事は左右の大脳皮質の間で、情報をやりとりする役割をもつ脳梁と相関しており、迅速な左右の脳半球間のコミュニケーションを促進すると発表しています。

↑体を動かしながら考える方が、頭の回転は自然と速くなる (リンク)

↑体を動かしながら考える方が、頭の回転は自然と速くなる (hugrakka)

人間の成長過程の中で自ら経験することがいかに必要不可欠かが研究から見てわかるものの、バーチャルで体験できることが多くなってきた近年、新しい事にチャレンジして失敗する事を恐れ、防御状態で自分のコンフォートゾーンに篭り、実世界での経験不足の子供達が急激に増えてしまっているからこそ、14歳のヤマザキマリのように、私たちは自分が何かに気づく為のきっかけを必要としています。

ヤマザキマリが「失敗はダメージ・ポイントではなく、時が経てばそれは『経験』というカテゴリーに入る。でもその為には経験と時間が必要」と説明するように、失敗を恐れずにまずはオンラインで見た何か興味のある事をオフラインの世界で始めてみて、経験値をあげるのも良いのかもしれません。(4)

 

参考書籍
1.ヤマザキマリ「国境のない生き方 私を作ったほんと旅」(小学館eBooks) Loc 218
2.ヤマザキマリ「国境のない生き方 私を作ったほんと旅」(小学館eBooks) Loc 157
3.ヤマザキマリ「国境のない生き方 私を作ったほんと旅」(小学館eBooks) Loc 569
4.ヤマザキマリ「国境のない生き方 私を作ったほんと旅」(小学館eBooks) Loc 1674