ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 32

ドネラ・メドウズ

危機に瀕しているのは地球ではなく、私たちの考え方なのです。

2017/01/05

Illustrated by KIWABI - Donella H. Meadows

「世界がもし1000人の村だったら、5人の兵士、7人の教師、1人の医者がいます。村の歳出総額およそ300万ドル強のうち、18万1,000ドルは武器や戦争に、15万9,000ドルは教育に、13万2,000ドルは医療に使われています。村には、村を何度も木っ端みじんにするほどの威力をもった核兵器が埋められています。この武器を管理しているのは、たった100人です。残りの900人は、その100人が仲良くやっていくことを学べるだろうかと、とても心配しながら見守っています。」

これは、今から40年以上も前に今私たちが直面している「成長」を前提とした経済偏重の社会の限界を示唆する「成長の限界」という本を執筆した経済学者ドネラ・メドウズが作ったストーリーの一節で、もともとは1000人の村だったストーリーが後に「世界が100人の村だったら」というチェーンメールとなって世界中に広まり、日本でも同じタイトルでテレビ番組が製作されるほどに話題を呼びました。

↑「世界がもし100人の村だったら」というストーリーは話題を呼び世界中に広まった (リンク)

↑「世界がもし100人の村だったら」というストーリーは話題を呼び世界中に広まった (リンク)

ドネラは、学者という立場では一般の注目を集めることが難しいという考えからジャーナリストに活動の場を見出し、危機にさらされているのは地球でも地球上の生命でもなく、「永久に続く経済成長」や「技術さえあれば問題は解決できる」といった私たちの考え方であり、地球上のあらゆる問題はつながっているため、目先の利益や問題に集中して近視眼になっている個人の姿勢が、地球全体に大きな影響をもたらしているということをシンプルな言葉で伝えていたのです。(1)

さらにドネラは、地球上に起こる問題が、実は自分の行動によって引き起こされているのだという真実を個々人がより簡単に実感し、行動を変えることを促すため、実際に自分がしたことで地球にどれだけの負荷をかけたのかという事実を見える化するシステムを提案しました。

↑一番の問題は、私たちが当たり前だと思っている考え方 (リンク)

↑一番の問題は、私たちが当たり前だと思っている考え方 (リンク)

たとえば、ドネラは後にジャーナリストとしての活動を優先させるために「肩書きや終身在職権はいらない」と考え、ダートマツ大学初の女性正教授としての地位から非常勤教授になりましたが、そのダートマツ大学で学生たちと一緒に「自分の出したごみを一週間持ち歩く」企画を実行しました。

大きな透明のビニール袋は、日に日にどんどん大きくなり、一日中自分の出したごみを持ち歩き、同僚にさらけ出す行為は、少なくともドネラにとって、使い捨て社会から抜け出そうと決意できるほど十分なフィードバックになったそうです。(2)

↑自分が出した一週間分のゴミを持ち歩いてみると、どれだけ地球を汚しているかを実感できる (リンク)

↑自分が出した一週間分のゴミを持ち歩いてみると、どれだけ地球を汚しているかを実感できる (リンク

オランダでは、住宅開発によって立ち並ぶ新しい家々のうち、電力メーターが地下に設置された家と、玄関に設置された家の電気使用量を比べたところ、メーターが簡単に目に見える家の方が、地下に設置された家よりも、電力使用量が30パーセント少なかったそうで、ドネラはこういった見える化をして実感することの大切さを著書「地球の法則と選ぶべき未来」の中で、次のように話しています。(3)

「自分の知らない問題は解決できません。自分に影響が及ばない問題など、解決しようともしないでしょう。目に見えないものを見える化する、実際のコストを価格に組み込む、意思決定を行う人がその決定のもたらす影響を受ける仕組みにする、そういったことを何とか実現していくたびに、世界は少しずつうまく回るようになるのです。」(4)

↑電力メーターを目に付きやすい場所においた家の方が、電力使用量が30パーセントも少なかった (リンク)

↑電力メーターを目に付きやすい場所においた家の方が、電力使用量が30パーセントも少なかった (リンク

スウェーデンでは情報の見える化に国全体で取り組んでおり、「政治活動には税金が使われるのだから、納税者には領収書を見る権利がある」という理論で、すべての市民に公文書を見る権利を与えています。その結果、市民は政治家の支出情報や、市民との手紙やメールでのやりとりなどを含む、国家機密以外の情報を把握することができているのです

スウェーデンの国政選挙においては、若者世代(18〜29歳)の投票率が80パーセントを超えているそうですが、国や地方自治体が若者に政治参加を呼びかけてきたことと、政治活動を見える化したことが相まって、市民一人一人が政治に関心を持つ参加型社会が作り上げられたのではないでしょうか。

↑国による情報の見える化は、国民の政治参加意識を大いに高める (リンク)

↑国による情報の見える化は、国民の政治参加意識を大いに高める (リンク

日本でも2012年に公共データをはじめとした様々な情報を共有し、活用するためのツールやコミュニティ作りをするオープン・ナレッジ・ファウンデーション・ジャパン(OKJP)がスタートしました

OKJPのプロジェクトの一環である「税金はどこへ行った?WHERE DOES MY MONEY GO」は、個人が支払った税金が1日あたりどこにいくら使われているかを見える化するもので、現在は173の自治体がプロジェクトに賛同してサイトを立ち上げており、自分の年収をスライドバーで指定し、「単身世帯」か「扶養有り」かを選択すると、自分が1年間に支払う市税を把握することができ、さらには1日あたり何に税金が使われているのかを項目ごとに簡単に把握できるようになっています

↑いち個人が払った税金は一体どこにいった?(リンク)

↑いち個人が払った税金は一体どこにいった?(リンク)

このプロジェクトに参加している千葉市の市長である熊谷俊人氏は、「自分たちが住んでいる地域なんだから、自分たちがやるべきでしょ?」と考え、市民に当事者意識を持ってもらうため、「市税の使いみちポータルサイト」を立ち上げるなど、千葉市の見える化に取り組んでおり、次のように話しています

「街路灯って誰が管理しているかご存知ですか?あれは、自治体じゃなくて自治会が管理しているんです。(中略)こうした当たり前のことが教えられていないのは大きな問題。全てが税金で成立していると思われていることについて、我々は地域でやってるんですよ、地域での活動が大事なんですよ、ということをもっと訴えていかなければならないと思っています。」

「市税の使いみちポータルサイト」の開設がきっかけとなり、熊谷市長のツイッターには、見える化システムに関する様々な意見が飛び交っていることを見ても、これまで目に見えなかった情報をオープンにすることは、自分には無関係だと思っていた出来事に対して、人々が当事者意識を持って考えるようになる起爆剤としての効果があると言えるのではないでしょうか。

↑これまで目に見えなかった情報を公開するだけで、人々の社会への参加意識が大きく変わる(リンク)

↑これまで目に見えなかった情報を公開するだけで、人々の社会への参加意識が大きく変わる(リンク

ドネラは、「世界はつながっている」という真実を個人単位で知ることのできるシステムさえ整っていれば、自分の行動は全体に影響するのだという責任を持つことにつながり、その責任感によって私欲的な行動を変えることができると考え、その哲学を多くの人に伝えるため、ジャーナリストとしてコラム「The Global Citizen(地球市民)」を15年間にわたり毎週書き続けていました

その活動の中で、ドネラは「権力に対して真実を語る」「愛を持って行動すること」を大切にしており、たとえ「世界はつながっている」という考えが簡単に人に理解されなくても、自分の行動で真実を示すことで、何度も何度も真実を語り続けたのです。(5)

私たちの多くは、アフリカで起こっている問題が、実は私たち一人一人に関係しているなんて、想像もしないでしょう。しかし「世界が100人の村だったら」が世界的にヒットしたことを考えると、ダートマツ大学の正教授という輝かしい経歴を手放してまで真実を伝えたかったドネラの思いを、人間は本質的に理解することができる生き物なのではないでしょうか。紛争、貧困、環境、経済などあらゆる問題が起こり続ける今こそ、ドネラが息を引き取るまで伝え続けた真実を、立ち止まって考える必要があるのかもしれません。

 

参考書籍
1.ドネラ・メドウズ「地球の法則と選ぶべき未来」(2009年、ランダムハウス講談社)P19-21
2.ドネラ・メドウズ「地球の法則と選ぶべき未来」(2009年、ランダムハウス講談社)P142-143
3.ドネラ・メドウズ「地球の法則と選ぶべき未来」(2009年、ランダムハウス講談社)P141-142
4.ドネラ・メドウズ「地球の法則と選ぶべき未来」(2009年、ランダムハウス講談社)P145
5.ドネラ・メドウズ「地球の法則と選ぶべき未来」(2009年、ランダムハウス講談社)P200