ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 24

ハリー・ポッター著者 J・K・ローリング

私たちは世界を変えるために魔法を使わなくてもいい。ほんのちょっと想像力さえあれば。

2016/11/10

Illustrated by KIWABI - Joanne Rowling

「平和」という言葉について、世界の人々が具体的にどのような状態をイメージするのかを調査してみると、日本人の回答は「誰でも、いつでも、どこにでも自由に行けるかどうか」でしたが、一方でペルー人の回答は、「子どもたちが遊べる場所であるのかどうか」だったそうです。(1)

「平和」という一つの概念をとってみても、各自のおかれている状況によって、思い描くイメージが大きく異なるため、たとえば「平和的解決を求む」などといった概念に全員がわかった気になって合意をしても、各自がそれぞれの信じる方向へ進みだしてしまえば、いつまでたっても問題は解決に向かうことは難しいのかもしれません。

フランスの社会人類学者レヴィ・ストロースは、「あらゆる文明は己の思考の客観性思考を過大評価する傾向にある」と述べていますが、私たちがいつの時代も、自分の見ている世界だけが「客観的にリアルな世界」であって、他人の見ている世界は「主観的に歪められた世界」であるとみなしてしまうのは、各自が知識や体験などを積み重ねることよって「歪んだ見方」が刷り込まれてしまっているからなのではないでしょうか。(2)

↑平和の概念は、人それぞれ全然違う (リンク)

↑平和の概念は、人それぞれ全然違う (リンク)

私たちが誰かの見ている世界を正しく理解するためには、自分の思考の客観性を過大評価することをやめて、他人の見ている世界も眺める必要がありそうですが、世界を違った視点から眺めるためには、誰かの立場に立って考えようとする力、つまり「想像力」が必要で、ハリー・ポッターの作者、J・K・ローリングも、「“想像力”は、私たち人間だけに与えられた“魔法”だ」と力強く語り、想像力について以下のように述べています

「想像力は、発明や革新に必要なだけでなく、私たちが自分では実際に体験することができない経験をしてきた人たちのことを理解し、共感するために必要なのです。(中略)地球上のほかのどんな生物とも違って、人間は、自分で経験せずとも学び、理解することができるのです。ほかの人の立場にたって考えることができるのです。」

↑高い想像力を持っていれば、人を傷つけたらどうなるか、すぐ分かるはずだ (リンク)

↑高い想像力を持っていれば、人を傷つけたらどうなるか、すぐ分かるはずだ (リンク)

J・K・ローリングは、想像力を用いれば他者に共感することができ、世界を良くすることにつながる一方で、想像力を使わずに「かご」の中に閉じこもって、知ることを拒もうとすれば、開けた場所に対する一種の恐怖症を持つようになると述べています

「考える訓練」の著者、伊藤真氏も、「想像力」を使って物事を違った視点から眺めるには、「今までの経験や考えによって無意識につくられてしまった枠」を取り払う必要があるというように、自分が入っている「かご」から意識的に出てみることが、想像力の起源となる新しい刺激を与えてくれることは間違いありません。(3)

↑多くの衝突は概念をしっかり共有できていないだけのミスコミュニケーションが多い (リンク)

↑多くの衝突は概念をしっかり共有できていないだけのミスコミュニケーションが多い (リンク)

例えば、読書一つを取ってみても、本はただの活字かもしれませんが、そこから遠い異国の風景を思い浮かべたり、目には見えない理論や哲学を見極めるための「想像力」が必要になるため、本を読む・読まないという行為は、その人の品格を表すとも言われ、読書家の人が、電車の中で化粧をしていたら周りからどう思われるか、真夏に幼児を車の中に長時間放置していたらどうなるかが想像できないとは考えにくく、読書をする上で補われる想像力がその人の品格を表すという表現は、ある意味、的を射ているのではないでしょうか。

現在、世界中の富のうち1%の超富裕層が、所有する富が残りの99%の富を超えていて、一生をかけても使い切れないほどのお金がある人もいれば、食べるものすら手に入らず、栄養不良になってしまっている人々は、世界で約7億9,500万人いるとも言われています

「貧しい国の人たちは大変だ」と考えるのは、一見貧しい人に理解を示すように見えて、恵まれた環境にいる人が、自分の「かご」の中から覗いただけの歪んだ見方であり、自分の給与の90%を慈善事業に寄付し、「世界一貧しい大統領」と呼ばれるウルグアイのムヒカ大統領は、豊かな国の人たちが正しいわけではないことについて次のように述べています。

「質問をさせてください。ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。息をするための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?」

↑本当の意味での平和を望むのであれば、もう一段階上の「想像力」が必要 (リンク)

↑本当の意味での平和を望むのであれば、もう一段階上の「想像力」が必要 (リンク)

自分の経験による刷り込みから離れて考えなければならないため、想像力はどんな人でも自由に使えるわけではないようで、前述の伊藤真氏は、「想像力は無からは生まれない」といい、ものすごい量のインプットがあってこそ生まれてくると述べており、J・K・ローリングも、アムネスティインターナショナルという世界最大の国際人権NGOで働いた経験を通じて、毎日のようにさまざまな人の立場に「触れる」機会を得ることができ、「想像力」の大切さを知っていったと示唆しています。(4)

また、作家のオリ・ブラフマン氏によれば、前例のない革新的なアイデアというのは、もの凄い時間をかけて努力した後に、のんびりと自然の中でリラックしたり、散歩したりして、積極的に脳の中に「余白」を作ることで、無意識のうちに頭の中に湧いてくるものだと言いますが、J・K・ローリングも、1990年の夏にマンチェスターからロンドンに向かう4時間遅れた列車の中で、ハリー・ポッターのアイデアを思いついた時のことを次のように振り返っています。(5)

「そのアイデアは、どこからやって来たのか見当もつきません。でも、とにかくやって来たのです……完璧な姿で。列車の中で、突然、基本的な構想が頭に浮かびました。本当の自分をまだ知らない男の子が、魔法使いの学校に通う……。ハリーにはじまり、次にはすべての登場人物と場面が、一気に頭の中に流れ込んできたのです。」

↑真の想像力=大量のインプット+徹底的なリラックス  (リンク)

↑真の想像力=大量のインプット+徹底的なリラックス (リンク)

自分の枠から出て、別の視点での考えについて触れる機会を与えられれば、自分の考えが絶対ではないことに気づき、客観的に現実を理解しようと努め、その上でよりよい状況をつくるために行動をすることができるようになりますが、そういった一人ひとりの行動の集まりが、J・K・ローリングの考える、「世界を変える」ことなのかもしれません。

「あなたがもし、自分とは違う環境の人の立場だったら、と想像して行動することができれば、あなたの家族だけではなくて、実際にあなたが状況を変えることで助かった何千何百万という人たちが、あなたがいてくれてよかったと喜ぶのです。私たちは世界を変えるために魔法を使わなくてもいいのです。私たち皆がすでに持っている、“よりよくする”ことを想像できる力があれば。」

↑魔法なんて必要ない、ほんの少しの想像力さえあれば (リンク)

↑魔法なんて必要ない、ほんの少しの想像力さえあれば (リンク)

「自分にはできるはずがない」といった思い込みは、脳の90%を占める潜在意識にブロックをかけてしまうのだと言いますが、作家ジュールベルヌが「人間が想像できることは、人間が必ずできる」 と言っているように、私たちが「想像力」を使えば、不可能だと言われていた月に行くことさえできましたし、私たちは「より良い世界」を想像すれば、その世界は実現できるのです。(5)

J・K・ローリングは「魔法の魅力は、自分で世界を変えられる力があるところだ」と述べていますが、「私には、正しく世界が見えている」と勘違いするのをやめて、世界のいろいろな面を知り、「想像力」を使って、世界の苦しんでいる人々に共感することからはじめれば、それだけですでに、私たちが「世界を変える」というストーリーは、スタートしているのです。

 

参考書籍
1.伊藤 剛「なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか」(光文社、2015年) Kindle P279
2.内田樹「寝ながら学べる構造主義」(文春新書、2002年) P147
3.伊藤真「考える訓練」(サンマーク出版、2015年) P150-153
4.伊藤真「考える訓練」P148
5.オリ ブラフマン・ジューダ ポラック「ひらめきはカオスから生まれる」(日経BP社、2014年) P123
6.久瑠あさ美「マインドの創り方」(日本文芸社、2015年) P71