ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 99

マリア・シャラポワ

すがって泣ける母親がいないなら、泣いてはいけない。いずれは事情が変わると思いながら頑張り通すだけだ。

2018/12/20

Illustrated by KIWABI - Marija Jurjevna Sharapova

女子テニス界のトッププレイヤーであり、“ロシアの妖精”とも呼ばれているマリア・シャラポワが四大国際大会の一つであるウィンブルドンで優勝したのは、まだあどけなさの残る17歳の時でした。

周りの同世代が普通に学校へ通い恋愛やおしゃれを楽しみ、連日パーティーに参加するといったような生活を送っていた中、幼い頃に父とともに祖国を離れ、米国でテニスだけに集中してきたシャラポワは、そうしたことには無縁でした。

一般的な10代とはかけ離れた生活を送っていたシャラポワは、アスリートとしての結果に対する意識や集中力が他の選手とは比べ物にならないほど高かったそうです。当時のシャラポワを知り、現在も彼女のフィジカルトレーナーとして活動している中村豊氏は次のように述べています

「彼女と他の選手の違いは、意識の高さです。”プロフェッショナリズム”とも言えます。集中力も明らかに他の選手と違いましたし、『自分は他の選手とは違うんだ』というオーラを醸し出していました。プライドもかなり高いですが、そのプライドの高さが試合の大事な局面で『自分は絶対に負けられないんだ』という強さを生んでいます。」

↑シャラポワはひたすらテニスが強くなることだけを考えてきた。(リンク

プロテニスプレイヤーとして女子テニス界の頂点へ上り詰めたと言っても過言ではないシャラポワが、2016年に主治医に勧められ服用していたサプリメントの主成分が違反薬物と認定され試合の出場停止を余儀なくされてしまったことは、まだ記憶に新しいかと思います。

シャラポワは、その時の会見で「このような形でキャリアを終えたくはない。機会が与えられるのであれば……もう一度、試合の場に戻ってきたいんです」と述べ、2017年には復帰後の初ツアーで優勝を飾りました。

このようにシャラポワが、アスリートをやめなけらばならない危機にさらされても不屈の精神で立ち上がる強い心を持つことができるのは、彼女が人生を賭けてテニスに向き合ってきたからだと言えます。

↑不屈の精神で立ち上がり、復帰後の初ツアーで優勝できたのは、人生を賭けてテニスをしてきたから。(リンク

シャラポワがテニスプレイヤーとしての道を本格的に歩み始めたのは7歳の時のことです。アメリカのテニススクールに通うために、母親を故郷のロシアに残し、父親と共に渡米したその日から、まさに“テニス漬け”の人生を送ってきました。

アメリカに来ること自体初めてで、英語もわからない父親が渡米時に持っていた全財産はたったの700ドルだったと言いますが、娘を世界一のテニスプレイヤーにしたいという確固たる信念はしっかり持っていました。

↑アメリカに来た時の全財産は700ドル。ここから父との”テニス人生”が始まった。(リンク

親子二人のアメリカでの日々は苦難の連続でした。最初に入学したテニスアカデミーで、シャラポワは年齢が低いにも関わらず、テニスが飛び抜けてうまかったために、年上の生徒だけではなく、その保護者からの嫉妬でアカデミーを追い出されました。

また、その後に入学したテニスアカデミーでは違法ともいえる契約書にサインをさせられそうになったこともあったそうです。

そんな時、シャラポワは常に勝つことだけを考え、ライバルである他のアカデミー生との馴れ合いは避けて、ひたすらテニスに向き合う苦しい日々を送っていましたが、ロシアに暮らす母親に毎日「愛している」と手紙を書くことで必死に自分の進んでいる道に耐えていました。

そうした苦しい経験こそがシャラポワの今の強さの土台になっており、結果が全てと言われるアスリートの世界で彼女が長年活躍することができている大きな理由なのでしょう。シャラポワ自身も、次のように述べています。(1)

「すがって泣ける母親がいないなら、泣いてはいけない。いずれは事情が変わると思いながら頑張り通すだけだ。やがて苦痛は治まり、ひどい状況も変わるだろう。何よりも、そういう境遇がわたしのキャリアを決定した。」

「わたしは不平を言わない。ラケットを投げつけもしない。ラインジャッジを脅しもしない。途中でやめることもない。わたしに勝ちたいなら、相手はあらゆるゲームで全部のポイントを取るために努力しなければならないだろう。」

↑「すがって泣ける母親がいないなら、泣いてはいけない。いずれは事情が変わると思いながら頑張り通すだけ」(リンク

また、負けるのが大嫌いなシャラポワにとって、敗北は死ぬことと同等というほどの大きな苦しみなのだそうで、常に勝ち続けていたいという思いに対して素直な気持ちを次のように述べています。(2)

「テニスはおもしろいし、魅力を感じるけれど、基本的にわたしのモチベーションはシンプルだ。どんな相手も倒したいということ。勝利とは 、ただ勝つことではない。叩きのめされないことなのだ。勲章やトロフィーは古くなるけれど、敗北はずっと心に残る。わたしはそれがいやだ。」

↑負けて悔しくて仕方がない時はショッピングで気分転換。(リンク

テニスをしている時の姿しか観ていない人からすると、いかにも強い女性として見られがちなシャラポワですが、内面は恋愛をするし、買い物だってする同世代の女性と同じです。試合に敗れ、悔しくて仕方がない時は、同じ年代の女性が仕事や恋愛、人間関係でうまくいかないとやっているように、買い物に出かけ素敵な服や靴を買うといったような気分転換をしているそうです。

唯一同じ年代の女性と違うところをあげるとすれば、幼い頃に父と二人でアメリカへ渡り、人生を賭けてテニスに向き合ってきたことでしょう。

シャラポワが厳しいテニス人生を乗り越え続けられているのは、両親、そして周囲の人々に支えられている部分が大きく、彼らともに多くの経験をし、自分自身も少しずつ強くなっていたと言えます。

シャラポワのような強さを手に入れるためには、まず自分の信じたものに対して、突き進むと決めてとにかくやり通す。

そうして続けているうちにその姿に心惹かれた周りの人に助けられ、その人たちとともに強くなりながら、気がつけば自分の目標としていた地点に辿り着いているものなのかもしれません。

参考書籍)
1. マリア・シャラポワ「マリア・シャラポワ自伝」(文藝春秋, 2018) kindle 793
2. マリア・シャラポワ「マリア・シャラポワ自伝」(文藝春秋, 2018) kindle 134