ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 98

童話作家 角野栄子

想像する心があれば、開かない扉はない。

2018/11/29

2018年に「児童文学のノーベル賞」と呼ばれる国際アンデルセン賞の作家賞を日本人で3人目に受賞した角野栄子さん。

「魔女の宅急便」をはじめ、世代を越えて多くの子供たちに読まれている栄子さんの作品に対して、国際児童図書評議会の選考委員長は「言いつくせないほどの魅力と思いやりと情熱がある」と賛辞を送りました

そして、この受賞にあたって栄子さんがインタビューで述べていたのは、「書くことが大好きです。世界中の人に好きで書いた作品が認められてうれしい限りです」という、大好きなことで受賞できたという喜びの言葉でした

↑栄子さんの作品は「言いつくせないほどの魅力と思いやりと情熱がある」(リンク

栄子さんの過ごした子供時代は、現代のように図書館で手軽に本に触れることができるわけではありませんでした。栄子さんが自分自身の本を持つことができたのは中学生の時で、その時のうれしさについて次のように表現しています。(1)

「何度も、何度も読みかえし、私はときどきしっかり胸に抱きかかえた。あまり固い表紙ではなかったので、紙のぬくもりで、ぽーっと体が温かくなった。」

「『あたしだけの本』といって抱きしめるような本に出会うことが難しい時代なんて、本当になんていったらいいのだろう。」

↑“わたしだけの本”を持てることが本当に幸せだった子供時代(リンク

子供の頃から物語が大好きだった栄子さんは大学卒業後に紀伊國屋書店へ就職、それから約1年後に伴侶に出会います。25歳になった栄子さんはデザイナーである夫の仕事に付き添う形で、ワクワクする冒険に出かけるような気持ちでブラジルへの移住を決意したのでした。

その時の心境について、「魔女の宅急便」の中で主人公キキが、一人故郷を旅立つときに、黒猫のジジに向かって言った「私ね、贈り物の箱をあけるときのように、わくわくしてるわ」というシーンと同じ気持ちだったそうで、次のように述べています。(2)(3)

「行動力があることが、かならずしも現実的に考えるしっかりとした心をもっていることとは限らない。でも考えすぎると、できることもできなくなってしまうことだってある。不安だらけだったけど、不安はとってもあこがれに近い。そしてあこがれからはおもわぬ力がうまれるし、ときには大きな贈り物も授けてくれる。」

↑「不安はあこがれに近い。そしてあこがれからはおもわぬ力がうまれるし、ときには大きな贈り物も授けてくれる。」(リンク

栄子さんは、ブラジルで約2年間を過ごした後に日本に帰国しました。子供にも恵まれ、慌ただしいけれど、幸せな日々を送っていた34歳の時に大学時代の恩師からの「ブラジルで過ごした経験について本を書いてみないか」という提案から作家としての道を歩み始めました。

好奇心旺盛な彼女は、それまで色々なことを始めては諦めることを繰り返していたそうですが、文章を書くことに関しては、書くことが楽しくて、書きたくて仕方なくなったのだと、その時のことを振り返り、次のように述べています。(4)

「初めは文章を書くなんて私にはできない、と思ったけれど、書き始めてみたら、こんなにも文章を書くことが好きだ、って気がついたの。作家になるかどうかは別として、一生文章を書いていこうと思いました。」

↑「文章を書くことが好き。作家になるかどうかは別として、一生文章を書いていこう。」(リンク

しかし、こんなに書くことが好きな栄子さんであっても、日々作家としての活動を続けていくうちに読者が楽しんでくれるかどうかを気にしたり、読者のために書いていることに苦痛を感じてしまう時期があったようです。その事に栄子さんはついて次のようにも述べています。(5)

「たくさんの人に読んでもらえる幸せを得たとたん、ぐじぐじ心配になってしまった。人ってやっかいなものだ。欲張りすぎてる。もう一度自分のために楽しんで書こう。自分が楽しくなければ、読む人だって楽しくないにちがいない。そう思えたとき、私はまた書くのが少しずつ楽しくなっていった。やがて書かないではいられなくなった。」

「自分のために書くなんて、ひとりよがりじゃないの、という言葉もちらりと頭をよぎる。でも、私が見て、感じたことなんだからいい。もしそこから離れてしまったら、きっと穏やかな気持ちではいられないだろう。」

↑自分のために楽しんで書こう。自分が楽しくなければ、読む人だって楽しくないにちがいない。(リンク

幼い頃から架空のストーリーをつくってその主人公のように振舞っていたという栄子さんは、人々が空想の物語に触れた時に感じる見えない力について次のように述べています。(6)

「面白い世界に出会いたいとき、また不安でたまらないとき、物語はまちがいなく、力を貸してくれる。扉をあけて、物語の世界を歩き、やがて物語が終わっても、読んだ人の心の中で、その先の扉がまた開く。それは物語の世界にかぎらない。想像する心があれば、もう開かないと思っても、開かない扉はない。」

物語は空想の世界ではありますが、それに触れることで自分自身の人生を一歩進める勇気が出たり、心が折れている時に元気になれたりした経験のある人は少なくないのではないでしょうか。そうした力は“魔法”に近いのだとして、次のようにも述べています。(7)

「魔法は想像する力といってもいいかもしれない。これはキキに限らず誰でも持っている力。心が動くと、だんだんとその人の魔法が育っていくのよね。だから、魔法は一つ。そして誰でも持っているものだと思っているの。」

↑「面白い世界に出会いたいとき、また不安でたまらないとき、物語はまちがいなく、力を貸してくれる」(リンク

栄子さんが自分自身の体験をヒントに物語を作り出しているように、人は誰しも人生という物語の主人公ですが、この物語を自分で作るものであるということを忘れ、他人任せにしてしまうこともあるようです。

しかし、人生の物語を作っていくことに対して、諦めずに最後まで向き合い続けようという気持ちさえあれば、ハッピーエンドはやがてやってきます。

なぜなら、人生を投げ出したくなるようなときや自分に向き合おうとするとき、その一瞬一瞬がその人にとって、物語を盛り上げるためのエッセンスであることに違いないのですから。

参考書籍)
1. 角野 栄子「ファンタジーが生まれるとき-『魔女の宅急便』とわたし」(岩波書店,2004) kindle 489
2. 角野 栄子「ファンタジーが生まれるとき-『魔女の宅急便』とわたし」(岩波書店,2004) kindle 1335
3. 角野 栄子「ファンタジーが生まれるとき-『魔女の宅急便』とわたし」(岩波書店,2004) kindle 1335
4. 角野 栄子「『魔女の宅急便』が生まれた魔法のくらし 角野栄子の毎日 いろいろ」(角川書店,2017) kindle 101
5. 角野 栄子「ファンタジーが生まれるとき-『魔女の宅急便』とわたし」(岩波書店,2004) kindle 537
6. 角野 栄子「ファンタジーが生まれるとき-『魔女の宅急便』とわたし」(岩波書店,2004) kindle 1866
7. 角野 栄子「『魔女の宅急便』が生まれた魔法のくらし 角野栄子の毎日 いろいろ」(角川書店,2017) kindle 111