ストーリー

One Life, One Thought
Vol. 95

アガサ・クリスティ

わたしは生きていることが好き。

2018/09/27

生涯で執筆した推理小説は200作を超え、数多くのベストセラーを世に送り出した、英国生まれの推理小説家・アガサ・クリスティはその功績から”ミステリーの女王”と呼ばれ、今でも多くのファンに親しまれています。

1934年にその初版が刊行された、アガサの代表的な作品「オリエント急行の殺人」を題材にした映画が2017年に公開されるといったように、アガサの死後40年以上が経過した今でも、その人気が陰ることはありません。

↑執筆後80年以上も人気が衰えないのは、本当に良い作品であるという何よりの証拠。(リンク

世界における販売数が累計20億冊以上にもなる推理小説を、何作も書き上げたアガサですが、すべてが上手くいっていたとは言えない、山あり谷ありの人生でした。

アガサは幼いときに父親を失くし、そして、自らは離婚を経験しただけではなく、大きな戦争を2度も経験しています。しかし、人生でいかに困難な状況になろうとも、生きていること自体を楽しみ、そして、全てを前向きに捉え、このように述べていました。(1)

「わたしは生きていることが好き。ときにはひどく絶望し、激しく打ちのめされ、悲しみに引き裂かれたこともあったけれど、すべてを通り抜けて、わたしはやはり生きているというのはすばらしいことだとはっきり心得ている。」

↑「わたしはやはり生きているというのはすばらしいことだとはっきり心得ている。」(リンク

アガサは幼少期、同年代の子ども達と同じように学校に進学するのではなく、個性的な母親のもとで教育を受け、父親の書斎で読書にふけっていたそうです。

一般的な世間の子ども達とは少し異なった環境で過ごしたアガサですが、決して自身の状況に対して不幸に思ったことはなく、むしろ誇りに思っていました。

この頃からアガサにとっての一番幸せな時間というのは、犬と遊んでいた日々や眠る時に読み聞かせをしてもらうなどして家族と過ごしていたときのような、穏やかな日常にあると述べています。(2)

↑一番幸せな時間は、家族といつも過ごしていたときのような穏やかな日常にある。(リンク

アガサが生きていた時代には、第一次世界大戦、第二次世界大戦の2度の大きな戦争あり、この時代の人々の多くが戦争によって人生を翻弄されました。アガサの人生にも戦争は少なからぬ影響をもたらし、空襲が自宅近くまで迫り、近所の家屋が空爆を受けたことや軍隊の基地として自宅を提供せざる得ないようなこともありました。また、家族のことを第一に考えていたアガサは、彼らにもしものことがあった時に医薬・医療の知識があると役に立つという理由から看護師として働いたこともあったそうです。

そうした状況下でも粛々と執筆活動も続けていたアガサ・クリスティですが、本当のところ、アガサ自身が作家になりたいと熱望してなった訳ではなく、アガサは戦時中の金銭的に苦しい期間を乗り切り生きるためにお金を稼ぐ必要があり、そのための手段として推理小説を書くしかなかったとも述べています。

↑アガサが小説を書き続けたのはまず、お金が必要だったから。(リンク

また、アガサは次のように述べています。

「自分にはそれができないことを知っているので、彼らを模倣しようという気には絶対ならない。わたしはわたしであることを知っているので、いうなら、わたしにやれることしかできないし、わたしがしたいと思うことしかわたしにはできない。」

「じつは、わたしはあれこれいろんなことをやってみたが、うまくやれないこと、そしてまた自分に自然の適性がないことにはけっして固執しなかった。」(3)

アガサ・クリスティのような作家として大成した人物は、英才教育を受けていたり、恵まれた環境にあったとイメージされがちですが、決してそんなことはなく、アガサは時代に翻弄されながらも必死に生き、自分がやれることをただやり続けました。穏やかな日常を守るために必死に生きる中で自分のできることを見極めることができ、その副産物として彼女の小説家としての大成が導かれたのです。

↑できないことはできない。ただ私にできることはしよう。(リンク

アガサだけではなく、社会を熱気で包むような何かを生み出す人物は、普通の生活を送っている人にとっては特別な人であるかのようです。

しかし、特別に見える人たちは特別な教育を受けているかといえばそうではなく、ただ一つ共通していることは、自分のことをよく知っているということなのではないでしょうか。

例えば、AppleのCEOであったスティーブ・ジョブスは「他人の価値観に振り回されて生きるのではなく、自分の人生を歩め」という言葉を残しています。

↑社会に多大な影響を与え、貢献した人の共通点は自分の価値観で生きていること。(リンク

アガサ・クリスティは73歳の時に執筆した自伝の中でその人生を振り返り、自分の人生において望んだことはほとんど実行していて満足していると、次のような言葉を書き記しています。(4)

「わたしは時間や空間に束縛されたことがない 。自分の望むところへ立ち止まっていることもできたし 、自分の欲するとおりに前へも後ろへもとんだ 。」

↑「わたしは時間や空間に束縛されたことがない 。自分の望むところへ立ち止まっていることもできた」(リンク

何かを始めたとしても、「自分には向いていない」と思ってしまったり、他人と比べて優れていないからといってやめてしまうことがありますが、それはその人が必死に生きなければならない状況にないからなのかもしれません。

自分自身が熱望していなかった作家として活躍し、死後も尚、根強い人気を誇るアガサ・クリスティの人生を垣間見ると、自分の才能というのは、生きることに必死になった時に初めて開花するものなのではないかという気がしてきます。

自分はどのような才能を持っているのかと頭をひねって考える前に、まずは自分自身が何について幸せを感じるかを真剣に考え、見つけ出すことが大切であり、もしかしたら、その過程で才能という人生を楽しむための道具を探し当てることができるのかもしれません。

参考書籍)
1. アガサ ・クリスティー 「アガサ・クリスティー自伝(上)」(早川書房, 2004) kindle 144
2. アガサ ・クリスティー 「アガサ・クリスティー自伝(上)」(早川書房, 2004) kindle 1485
3. アガサ ・クリスティー 「アガサ・クリスティー自伝(下)」(早川書房, 2004) kindle 3146
4. アガサ ・クリスティー 「アガサ・クリスティー自伝(下)」(早川書房, 2004) kindle 6292